プレミアムフライデーとあっても、初回はまだその恩恵を受けた人はごく少数であったようで、どこ吹く風、と言った感じの人が多かったみたいだ。本当にこのような動きが定着するのか、私としてはやや疑問を感じている。ちなみに今月の最終金曜日は31日。年度末のまさしく最終日。先月よりも実施件数は後退するのではないかと、私は思っている。

 問題は、「(この時間、)何をするべきか?」について多くの人が考えあぐねていること。何もやることがなく、そのまま帰宅した人が多い様でそれでは個人消費の刺激にはならない。いざ時間ができても迷う人が多い。仕掛けた側は、近場での旅行なんてものを期待しているのかも知れないが、仮に時間が増えたにせよ、可処分所得が増えないことには厳しいはず。

 今後、日本の人口は減少の一歩で、経済的側面で見た場合、GDPの減少は間違いない。様々な消費が減少する。家も車も、日用品に至るまでの諸々。これまでのように右肩上がりに社業が拡大するようなビジネスモデルを描くのはなかなか難しくなる。加えて、働き手も減少する。しかし、この部分について、私はさほど危機感を感じておらず、むしろ逆の心配をしている。

 「5年後、10年後に、あなたのその仕事は残っていますか?」という質問を、私はよく問い掛けている。「あなたの仕事を5年後、10年後には外国人やコンピュータ(ロボット・機械)がやっているかもしれないですよ」と。もし、今のままのスタイルでの就労が残っているような企業はおそらく生き残れないか、生き残るには市場を極端に絞り込まないといけなくなる。

 本来の正しい姿で機械化が促進され、生産性の向上が期待できるとなれば、人々の労働時間は減少してしかるべきだ。そしてその影響を公平に分け合えるとしたら、まずは週休三日も夢でなく、週休四日でも社会は回っていけるかもしれない。それが日常となる。全体の労働時間の減少が一部の失業等と言った不均衡を生まないのなら、ということが前提ではあるが。

 さて、話は元に戻る。労働者の労働時間は減り、余暇が増える。願わくばその際に、趣味や娯楽の形での個人消費を期待したところだ。ただ、余暇をうまく使えない人が街に溢れ、パチンコで時間と金を浪費する人が増えてしまうなら、機械化等でせっかく生み出された価値を無駄にしているだけになる。豊かさと逆行している。金銭以上に時間の活用が重要。

(秀)