働き方の改革が社会全般として見直されるようになって、これは喜ばしいことだ。そもそも、パソコンの導入などで、特にホワイトカラーの生産性は飛躍的に向上していてもおかしくないにも関わらず、労働時間の短縮がなされないのは、どういうことかと思っていた。それで、自分の仕事がなくなってしまうことを危惧した人々が次々に余計な仕事を自ら作り出しているのではないかと勘ぐってしまう。余計な仕事さえしなければ、みんながほぼ定時に帰れるのではなかろうか?。そもそも残業は管理職の命令により行われることになっているが、管理職がいる間は帰りづらいということがあるだろう。

 残業を禁止するにあたり、各社や各部署で仕事の棚卸しが行われているのではなかろうか。余計な仕事の悪は、それ以上の価値を生み出さないどころか、経費ばかりが増える一方で、作業を行った人々はそれで満足感や達成感を感じてしまうことだ。事業計画を作ることでお腹いっぱいになっても仕方がない。それを何度も何度もやり直しても、実績が好転することはまずない。その一方で、自らの作業の棚卸しで、自分がやっている作業に無価値と判断されることに恐々としている人もいるはず。

 放っておくと無駄な仕事が増えていく。逆に無駄な仕事をやらなくしていったら、月末月初を除いて、毎日午後2時頃にはその日の仕事が終わっていた。それでも帰るわけにはいかないから、何となく仕事をしている振りをした。数年前、会社勤めを辞める以前の私のルーティンはこんな感じだった。こんな感じで60歳の定年を迎え、「大過なくて良かった」と喜んでられるかと思ったらとても怖くなって、その環境から抜け出すことを思案し始めた。

 働き方改革とは単に労働時間を削減するのではなく、働くことで達成感・満足感などが得られることをゴールにしないと、きっとリバウンドするだけだと思うよ。

(秀)