最近、テレビに出ない歌手が増えたが、かと言って彼らの曲がCDでしか聞けないわけではない。やはり、ラジオやビデオクリップ、ドラマやCMなどで曲が流れないことには認知度の向上にもつながらない。それでいて、CDは売れる。また、そこには本来、形とならない音楽を「残す」という欲求も機能する。CDは媒体でしかないが、いつでも聞けるという心理が、その音楽の聴取権(そんなものはないかもしれないが、便宜上の語彙として)を所有しているような錯覚を起こさせる。コラム本もある種それに近いような気がする。漫画の単行本も同様。実際、メルマガやWebでコラムを読むことはできても、紙媒体の存在はやはり否定しがたい。まあ、音楽と読み物を同じものと考えるには強引すぎるか。音楽は何度でも聴くし、漫画は読み返したりもするが、読み物を何度も読み返すことはほとんどない。(けど、コラム本はもう一回ぐらいは読んでも面白いよ)

 基本的に各コラムの書き方は電子媒体であろうが紙媒体であろうが変わらないが、これを一体のものとしてリリースするとなると、多少の注意が必要となる。まず、Webで読む場合はランダムに読むことが多いために、以前の話題についても若干の説明が必要とされることがある。この場合、リンクは非常に有効である。一方、本の形では、最初から読むことを前提としての編集が求められる。しかし、それにあわせてコラムを書き直すわけにもいかず、本として読んだ場合に、同じことが繰り返して話に出てくる。逆にそこが私の「こだわり」の部分と言うことなのかもしれない。

 エッセイやコラムの連載をあとからまとめて本にしたものは結構ある。本でこれまでの連載を一気に読むというのは、前後関係が保たれており、話が飛んでいないので、かなり効果的な読み方だと思う。その上で書き手が配慮しなければならないことは主張の一貫性である。日頃から何の矛盾なく生きて行くことは困難であるが、これを文章にしてしまうと後生これを守らなければならない。今さら私が占いを信奉するような話は書けない。もちろん、そんな気持ちもないが。

 とまあ、こんな楽しみがお手元に届くわけだ。通信費を気にすることなく、ついでに時間と場所に縛られることもない。夏休みに、帰省中の電車や飛行機の中でいかがだろうか?。