何故、「たれぱんだ」なるものがこうも流行っているのだろうか?。だって、たれてんだよ、パンダが、ただそれだけ。まあ、ポイントの一つはパンダであることだろう。これがナマケモノではあまりにもストレート過ぎる。しかし、上野動物園で見るパンダはいつもだらけているので、「たれぱんだ」は結構リアルだったりする。そして、やはり、キーワードは「癒し」である。しかしこれは東京中心の発想で、大阪人にはこの癒しは通用しないらしい。単にだらけたパンダのイラストでは癒されないどころか、腹が立つ人もいるらしい。

 世知辛い時代のせいか、昨今何かと「癒し」がブームである。ヒーリングやアロマテラピーなどなど(本音では癒しもまんざらでもないと思っている)。しかし、このようなものが流行るような時勢はやはりどこかおかしい。「癒し」とはあまりにも受け身で他人任せ過ぎる。程度の差こそあれ、ストレスは長い歴史の中に脈々と存在していたに違いない。そして、ここに来て「癒し」のブームである。人任せだから、癒しが直接的にビジネスとして成り立つ。あの無気力なパンダの裏にも誰かの商魂が見え隠れする。手軽に金で安らぎを求めるニーズがこれらを支えているのは間違いない。ある人にとっての癒しが別の人のストレスに繋がっているとすると、癒しやストレスは将棋倒しに連鎖してしまう。最終的にこのストレスはどこに行くのだろうか?。

 さて、皆さんも日々癒しを求めているのだろうか?。「たれぱんだ」で癒されている人はそれで良いだろう。「たれぱんだ」では癒されない大阪人はどうしているのだろうか?。吉本見て、タコヤキでも食ってればストレスなんか吹き飛んでしまうのだろうか?。本来ストレスとは癒しで解消するのではなく、発散によって解消すべきものに思える。受動態の癒しに頼りすぎると主体的な発散がうまく出来なくて、ストレスに潰されることにもなりかねない。金を払ってそれで解消できるほど、ストレスは単純ではないはずだから。