98年公開の映画で「てなもんや商社」という作品があるが、この映画の中で、怒るという事を実に興味深く表現していたので、そのことを紹介したい。前置きだが、この映画の主演は小林聡美で、中国を相手にした小さな商社を舞台に、彼女の上司、華僑の課長を渡辺謙が演じている。「怒るというのは、結局自分に責任がない事を主張したいだけなんだ」と課長が言う。なるほど、そんな捉え方もあるんだ。また、小林聡美が失敗した時に彼は彼女を怒らない。「どうして怒らないんですか?」という彼女の問に対し、彼は「十分反省しているでしょう。だったら良いんです。怒られたら、それで済んだと思う方がよっぽど良くない」と説明する。

 私は仕事の事であまり怒る事はしないが、先日珍しく会社で怒りをぶちまける事があった。この話にはたちまち尾ヒレがついて、「キレた」という噂になって、私の元に返って来た。正しくはキレたのではなく、意識的にキレた振りをしてみた。怒ったのではなく、怒った振りをしたに過ぎない。実は結構冷静に演じていた。今となって思えば、これは自分に責任がない事を示すためのパフォーマンスだったような気がする。

 一方、叱るということは怒る事に対して、冷静さが必要で、相手よりも優位な立場でなければならない。会社では怒る事が少ないが、家では怒る事がしばしばある。しかしこれは自らに責任のない事を主張しているわけではない。子供にそんな風に向きあって怒っても意味がない。怒られて、それで済んだと思われても困る。怒るのではなく、叱る。怒るのは簡単だが、それがお互いの利益となる事は少ない。怒ると叱る、同様に、怒られると叱られる。一見同じように見えるが、これらにはとても大きな違いが存在している。