「なんかこれ、やばいんじゃないかな?」という感じが最近ある。身の回りの個人的なことではない。社会全体がどっかやばい。ヘッドフォンからはGAKU-MCの「ラッシュアワー」という曲が流れている。最近は通勤途中にまさにこの「ラッシュアワー」を聞きながら色々と考えることがある。

 曲の歌詞がなかなか面白い。「ラッシュアワーの疲れがシャワーで流せないまま また夢の中 追い詰められた 気持ちのまま」というのがサビ。ラップである。韻の踏み方もギターのカッティング、ソロの音もなかなか心地良い。その歌詞の中で社会的な矛盾が切々と綴られている。朝はとりわけ不機嫌な顔、顔、顔がすし詰めの状態で同じ電車の中にある。毎日当たり前の風景であるけれど、ラップではこんな風景も「やばい状態」として歌詞になる。すると曲の歌詞を追う毎に、今までと違った姿で社会が見えてくる。

 「速すぎる進化の波」という歌詞が出て来る。最近はドッグイヤーなんぞの言葉でその様子が形容されている。しかし、誰かがその速度を求めたのだろうか?。それでも、人々は何かに追われている。「みんな、もっと認められたいよね?」、けど「誰に?」。「誰に?」の明確な答がないにしろ、そう思っている人は結構多いんじゃないかな?。「ラッシュアワー」をそんな「やばいこと」の象徴として彼は歌っている。その曲のパワーに乗せられ、今日も会社へと急ぐ。