今回は結論から言おう。「時間の管理は引き算である」。当たり前のことであるが、誰しも一日の時間は同じく限られている。中には暇を持てあましている人や暇を持てあましているときというのがあろうが、おおむね世間の人々は時間に追われ、忙しさに埋没してしまっている。お金は使ってしまえばそれっきりであるが、時間は何の努力もなくともリセットされた形で繰り返し供給されることが、その価値が正しく認識されない原因であろう。

 時間はそもそも限られたものという理解に立ってはじめて、その資源を有効に消費しようという気持ちにもなれる。しかし、区切られた時間枠の中にアイテムを隙間無く当てはめれば良いというものではない。それで何等かの達成感は得られるかもしれないが、それは錯覚かもしれない。スケジュール表に空きがあることに不安を感じる人もいるかもしれないが、こんなケースの多くが錯覚のような気がする。無駄ことに割いている時間をいくら費やしても不毛でしかない。

 結果として、不要な時間を削り、必要な時間に対しても本当に必要かを繰り返し問いかけ、優先順位に基づいてそれを再配置しなければならない。私はまず最初に本を読む時間の再検討を行った。正しくは、読むべき本かどうかを常に検証することにした。遅々としてなかなか読み進まない本というのがたまにある。これまではその本代がもったいないのでとりあえず読むことにした。しかし、こんな本の場合、読み終えたところで何の達成感も満足感もない。そして、本代よりも自分の時間がよっぽど貴重であると判断し、しばらく読んで面白くない本はためらわずに放り出すことにした。その結果、これまでと同じ時間量でもより充実した読書時間となった。

 続いて手を着けたのはテレビの視聴時間である。なかなかリアルタイムに見ることができないのでそのほとんどはビデオで見ることになる。そして、多少未練もあるが見るために時間を割くことが惜しいくらいのものは見ないことにし、重ね録り用のテープの棚に放ることにした。さて、皆さんはどうするだろうか?。あなた方が私のコラムを読むための時間をそのまま残してくれている間は私もコラムを書く時間を残しておこうと思う。

(秀)