平日の昼間にテレビを点けると、だいたいワイドショーをやっている。他のチャンネルに換えてみても、その状況はあたかも金太郎飴のごとく、同じ話題をなぞっている。サッチーがどうしようと、偽装結婚による保険金詐欺が起ころうと、はたまた、芸能人の誰かれが結婚しようが別れようが、所詮は他人事でしかない。しかしながら、それでも視聴率が取れてしまうのだから仕方がない。毎日金太郎飴は再生産され続ける。

 ワイドショーの高視聴率は視聴者の被害者意識に支えられている、との説を目にした。学歴詐称を国民への裏切りのように演出し、視聴者の怒りのエネルギーが新たな話題を作って行く、といった具合である。けど、「報道の自由だ」、「知る権利だ」とマスコミが声を荒らげ(あららげ)ても、視聴者としては「そんなことまでも知りたいとは思っていないのに」と、マスコミの独りよがりにちょっと引いちゃたりするときもある。

 西洋などでは良き時も悪い時も「神様が見ている」という気持ちの自律心が機能している。全ての善悪の判断基準が神なのである。しかし、日本人にはそれがない。かわりに登場して来るのは、具体的な実態を持たない「世間様」というものさしである。子供が不良になったとすると、「世間様に顔向けできない」と言って、詫びたりする。不祥事を起こした会社が記者会見をするとなると、必ず「社会の皆様にご迷惑をおかけして・・・」と、ここにも世間様が「社会の皆様」という形で登場する。

 世間様は毎日テレビの前に座って、ワイドショーを見ている。その姿は私の中の想像ではビリケンさんのような姿をしている様な気がするが、やはり見えない。きっと、視聴者を盾に知る権利を主張するマスコミや不祥事を起こして会見をする人々にしかその姿を現わさないのだろう。