第1050話 ■昆虫採集

 昆虫採集、やった。ずいぶん昔のことになるが、私も昆虫採集をやった。しかし、正確な意味においてはそれは採集ではなく、単なる虫の虐殺遊びだったと言わざるを得ない。開き直るわけではないが、世間的に大半がそうであった。昆虫採集セットの普及の割合と夏休み後の自由研究に昆虫採集標本が実際に出てくる割合の差は極めて大きく、この格差がそれを証明している。

 夏休みが近づくと文房具屋や駄菓子屋にまでも「昆虫採集セット」が並んだ。最もスタンダードなもので200円。注射器に薬剤2本。それに虫ピンとルーペ、ピンセットというのがその内容物となる。パッケージは紙箱でリアルな蝶のイラストなんかが描かれている。これがちょっと高級品になると内容物にメスが加わり、パッケージがプラスチックになる。どういうわけだか季節もののように毎年この「昆虫採集セット」を買っていた時期があった。

 そもそもそんなにいろいろな昆虫を集めることができない。カブトムシやクワガタムシなどもってのほか。捕まえることができても(まず、ほとんど捕まらない)、殺すことなどできない。蝶の季節は既に終わっている。よって、もっぱら捕まえられるのはセミとなる。しかしこれまた問題がある。網で届くような高さにとまっていないため、更に長い竿が必要となるが、それでは網が思うように動かせないため、竿にトリモチを付けてセミを取ることになる。これが他人の服に付いたりする。うまくセミを捕らえることができても、竿からセミを外しているときにトリモチが羽に付いていたら羽が切れてしまうときがある。また、竿からセミを取り外せてもセミ自体にはトリモチが残ったままで、虫かごのままで複数のセミが団子状にくっついてしまっていたりする。

 捕まえたところでそのセミが何という種類のセミかを調べることまではしない。別に標本を作ることが目的でないから。そもそもそんな昆虫百科なんか誰も持っていなかった。ここでいよいよ「昆虫採取セット」の出番である。薬剤の赤い方で殺して、青い色の方で腐らなくする、と誰かに教わった。その手順に従って注射を打つ。薬剤の適量なんか分からず、注射器のシリンダー一杯に薬剤を吸い上げて使用するため、すぐに薬剤は尽きてしまった。そんなとき誰かが教えてくれた。「石鹸水でも大丈夫だぞ」。確かに石鹸水を注入してもセミは死んだ。

 こんな私でも一度くらいは標本の形にしてみようと思ったことがある。しかしあまりにも見栄えが悪く、途中で放り出してしまった。クラスに一人ぐらいは夏休み後に標本を持ってくる奴がいた。瞬間、ヒーローになるが、そんな立派なものではない。その標本のほとんどが貧乏臭い。中身がセミばっかりのせいではく、箱がせこかった。お中元の空き箱にサランラップを貼ったもの。既にラップがよれている。数日するとそのラップは何者かによって穴が開けられ、腐乱臭を放つ箱に成り変り、興味を寄せるものなど誰もいなくなった。彼のヒーローの期間はセミが鳴いている期間(約一週間)よりも短かったことになる。

(秀)