第1807話 ■名刺と肩書き

 あなたは名刺をお持ちだろうか?。勤め人であれば、普通は一種類の名刺を持っていることだろう。会社のみんなが同じデザインで、グループ会社のそれも同じだったりする。ただこれは使い方が極めて簡単である。ビジネスの場で相手と交換すれば良い。中には「あいにく今切らしていまして」なんて言う人がいる。名刺を切らしたまま、よく人に会えるなあ、と思う一方、どうでも良い相手だから名刺を渡すのももったいない、と切らしたことにしているのでは、と勘ぐることもある。きっと名刺を切らしているような人は受け取った名刺もきっとぞんざいに扱っているに違いない、と勝手に想像している。

 このほか、異業種交流会なんて場でもとりあえず会社の名刺を使うことはできる。お互いがそうだから良いのだが、この場合、個人よりも会社の方が注目され、「どこどこ(会社)の誰々」という形で相手に認識されることが多いだろう。会社の立場を背負って参加している様な会であればそれで良いだろううが、会社の外に人脈を作ったり、見識を広めていこうという動機であれば、その会社の名刺をそのまま使うべきか、今一度考えた方が良いだろう。会社のネームバリューを利用して何らかの優越感に浸りたいという邪心があるのならば、それはきっと時間の無駄だと思う。

 名刺とは組織への帰属意識を具体化したものの中で最も顕著なものかもしれない。例えば会社を定年になった際、これまでの名刺を失ってしまう。お互いそんな者同士が初対面となった場合、どう挨拶すべきか?。方や肩書きも何もなく、名前と住所、連絡先が記された名刺を出したとしよう。もう片方はそんな準備がなかったが、出された名刺を受け取り、「これは良い」と次から自分も真似してみる。何となくそんな名刺でも元勤め人としては安心するのだろう。とりあえず挨拶は無難にこなせる。ただ、そんな名刺を受け取っても、後日名刺を見ながら、「あれ?、この人どんな人だったけ?」となるのがオチだと思う。

 私の場合、一時期は「コラムのデパート 秀コラム」という名刺をプライベートのメインで使用していた。受け取っった人はそのタイトルを見て、それを口にし、ちょっと笑う。URLやメールアドレスももちろん入れているが、そこから連絡が来ることなどほとんどなかった。逆に私ももらった名刺からサイトを見に行ったり、メールを送ったりすることはなかった。ところが最近はちょっと状況が変わってきた。名刺のやりとりの直後から「Facebookやってますか?」、「Twitterやってますか?」とフォローし合ったり、友達リクエストを送ったりするようになった。今では「落語探偵団」や某落語会の理事の名刺、秀コラムなどなどの名刺を状況に応じて合計で5種類くらいの名刺を使い分けている。おまけに会社用以外にもいくつか名刺入れを持っている。

 名刺という文化が本当に大切なものなのかどうかの判断は難しい所だろう。ただ楽なのは事実である。その一方で、会社の肩書きがなくなった途端に自由になれたものの、アイデンティティの拠り所だった名刺を失って寂しい思いをするのはつらい。それでいて趣味もなく、ただ時間を持て余すのはもっとつらいことだろう。そんなことにならないように、今からいろいろとオフタイムに活動をしている私だが、周りからは「そんな心配は無用」と言われている。さて、そのとき私はどんな肩書きの名刺を持っているだろうか?。

(秀)