第1890話 ■伊勢丹&プランタン

 かつて同じ町内に住んでいた旧友と小学生当時の懐かし話をしていたら、その町内の通りの店の並びについての話題になった。こんな風に書くと、対面で話しているかのようだが、実際にはLINEでのトークである。そんな彼が自分と同じ近所に住んでいた期間はそれほど長くはない。

 道路の拡幅工事を経て、今ではすっかり通りも変わってしまい、かつての店は全て入れ替わっているし、そもそもかつては店の並びの通りであったが、今はほとんど店はなく、一般の住居になってしまっている。自分が幼少の頃は、スーパーもあったが、やがてそこが撤退し、しかし単品専業の魚屋、八百屋、肉屋、米屋、酒屋、惣菜屋などが立ち並び、食料品と雑貨を扱う店もあったので、自宅から数分の範囲で日常的な買い物は事足りていた。銭湯も本屋もあった。

 私は数年前から自分の記憶の整理を始めていて、瑣末なことでも、むしろ瑣末すぎて忘れる可能性があるものは、自分の頭の中から取り出して、外部記憶に移行するようにしている。取り出したものは次に探し出せないと意味がないで、デジタルデータとして、文字などで検索できるようにしている。もちろん、今後検索することのない情報もすでにあるかもしれないが、そのタイミングを逃すと、次に移行するタイミングがわからないので、素直にそのタイミングには従うようにしている。ある時はスマホで、場合によっては、タイトルだけを書き起こして、思いつきを忘れてしまう前に、何をやろうとしたかだけは、せめて残そうとしている。

 そんなわけで、自分が住んでいた町内の通りの並びを以前に書き出していた。自分が住んでいたところが3番地で、それを西に移動して、2番地に入り、その先は別の町名となる。2番地の道を挟んだ向かいが1番地。実際には5番地まであるようだが、小学校の校区が違うし、表通りではないので、当時からそこには足を踏み入れていなかった。自分の家の西隣、山田青果店を皮切りに、3番地から2番地までの店の並びを書き出してみた。その数およそ20軒。店の種類だけでなく、苗字・屋号も含めてほぼ正確に思い出せた。

 件の旧友にそのリストをLINEで送ったら、反応は良かったが、彼はやはりそこまでははっきりとした記憶ではなかったようだ。彼は2番地の西の端の方に住んでいて、逆に自分はこの辺りの記憶がややあやふやだった。そして、2番地を出てすぐのところであるが、「肉屋があったよね?」という問いが投げかけられたので、私は「伊勢丹!」と即返信した。その店の名前が伊勢丹というのだった。小さな個人経営の肉屋である。

 伊勢丹というのが百貨店として広く認知されていることを知ったのは、私が上京してからだった。また、家からはちょっと離れるが、ケーキを買っていた洋菓子店の名前は「プランタン」と言った。上京して初めて「プランタン」という名前を聞いて、もちろんそれが銀座のデパートとは思いも寄らず、東京に店がありそうな規模の洋菓子店でないと、首をひねったものだった。伊勢丹にプランタン、いずれも既に郷里にはない。

(秀)