第208話 ■ジャンプイン

 京急線が羽田空港まで乗り入れるようになって、自宅から空港までの便が随分よくなった。私が羽田空港に向かうまでのこの路線は、私が乗る時は北総公団線であるが、その後、都営地下鉄浅草線に乗り入れ、最後は京浜急行線となって、羽田空港の地下に滑り込むようになっている。その間、約65分。北総公団線の電車賃は確かに高いが、乗り換えなくのんびりと空いた電車に座って行けるのがうれしい。しかし、良いことばかりでないのが世の常である。いかんせん、本数が少ない。駅にたどり着いたは良いが、そのままホームで10分以上も待ちぼうけ、というのが毎度のことである。その日もまさにそうだった。

 駅への道も混んでいた。悲劇の連続はこのような、ちょっとした不運の積み重ねの結果なのかもしれない。駅に着いた時には飛行機の出発時刻の90分前だった。そして、乗るべき電車までは十分待たなければならない。これに電車に乗っているのが65分なので、これでは羽田空港駅に着くのは出発15分前ということになる。もちろん、電車が飛行機の搭乗口に横付けしてくれるでもなく、受付カウンターまでも普通に歩けば5分は掛かる。そもそも「出発の20分前に搭乗受付をお済ませ下さい」というのがルールである。仕方なく、来た電車に乗り込み、冷や冷やの65分を過ごした。

 読み通りの時刻に電車は空港駅に着き、とりあえずカウンターまで走ることにした。実はこのような状況は2度目である。カウンターでトランシーバを持った係員が「ジャンプイン、2名入ります(出張で上司も一緒だった)」と搭乗カウンターの係員と連絡を取ってくれた。このように時間に遅れた人を走らせて飛行機に間に合わせるのを「ジャンプイン」というのをそのとき知った。そんなことを思い出しながら、受付カウンターにたどり着き、事情を話すと、早速今回も搭乗カウンターとトランシーバで連絡を始めた。「荷物はこれだけですか。それでは、これから私と走って下さい」、と言って、その女性係員は軽快な足取りで走り出した。

 何と頼もしいことよ。やはり地上係員はパンツルックにローヒールに限る(いつもはそんなこと思ってないくせに)。それと、こんなときは制服に弱い。結構長い距離だったが、何とか搭乗口にたどり着くとさっきの係員の女性が「いってらっしゃいませ」と見送ってくれた。今度もまたANAにするよ。きっと機内では「搭乗予定のお客様をお待ちしております。今しばらくお待ち下さい」なんて、アナウンスされていることだろう。改札機から出て来た半券を見て、機内に乗り込んだ。「72A」。後ろの方だな。通路をひたすら奥まで進んだが、「72A」の席はない。半券を押さえていた、左手の親指をそっとずらすと、そこには「2階席」という文字が隠れていた。踵を返し、今来た通路を引き返しながら、飛行機に間に合ったこと以上に、コラムのオチがついたことをちょっと喜んだ。