第245話 ■お受験

 日本映画もまんざらではないなあ、と思った。昨年公開された松竹映画の「お受験」をスカパーで見た。お受験というタイトルが付いているが、矢沢永吉演じる、中年サラリーマンのリストラによる家族の変化を描いた作品である。主人公の富樫は実業団のマラソン選手として健康食品会社に勤務している。年齢的にもそろそろ引退の時期であるが、生涯の最高成績が福岡国際マラソンの3位であるため、1位でゴールテープを切ることにこだわりを持って、現役にしがみついている。一方、会社は折りからの不況で子会社への出向など社員の大幅なリストラを始めている。そんな彼にも子会社への出向の話がやって来た。しかし、普通と違うところは常務としての出向で、実業団選手としての身分も保証されていた。

 彼の妻を田中裕子が演じている。専業主婦で、一人娘の小学校へのお受験に熱心である。富樫は常務として仕事にもやりがいを見つけていたが、程なくしてその子会社は倒産してしまった。役員としての経営責任のため、退職金も貰えず、元の会社にも戻れず、しかし、そのことを家族には打ち明けられない。受験塾での模擬面接のときである。試験官の「ご職業は?」という問いに、ついに富樫は「無職です」と語りだす。妻が墓石のセールスや実家の建設会社の事務で生活を支え、富樫が専業主夫となる生活が始まった。彼女はそのことを全く厭わない。

 やがて、親会社の陸上部も廃部となり、部員達もそろって首を切られた。それでも走ることにこだわるメンバーが、「今度の湘南国際マラソンに出よう」と言い出す。既に実業団でもなく、「素人と一緒に走るのか?」という意見も出るが、富樫も最後は自分のために走りたいと出場への腹を決める。しかし、この日は娘の受験の面接日であった。妻はもちろん、「どっちが大切か?」と反対する。富樫は「お受験はお前の退屈しのぎだろう。今は身の丈にあった生活をしよう」と、マラソンに出場した。

 最後は自分のために走ることを目的として参加したが、給水所で急に立ち止まる。同僚が「どうしたんですか?」と尋ねると、「最後のゴールは自分で決める」と言い残して、コースアウトしてしまう。目指すは娘の受験会場である。走って、ようやくたどり着くと、まさに自分達の面接の番だった。ユニフォームのまま、会場に転がり込むが、娘が何よりも彼の到着を喜んでくれる。「おとうさんは、いっとうしょう」。面接が和気あいあいとした雰囲気で進むところで映画は終わるため、肝心の合否の判定結果は分からないが、リストラにも負けない、お受験でもすさまない家族愛があれば、何よりも幸せなのであろう。