第295話 ■辞令

 我が社では、年に2度、人事異動の時期がある。1月と、それに7月である。まさに今がその時分だ。転勤を伴うような場合は、その約2週間前に内示が行われることになっていて、その頃からにわかに社内では異動に関する噂が飛び交う。周りは知っているが、肝心の本人だけが知らないというケースが稀に起きたりする。我が社ではドラマなんかに出てくる、異動に関する掲示が壁に貼り出されて、誰かれの昇進や転勤を知る様なことはない。人事異動の情報はイントラの電子掲示板に掲示されるが、それは役職者以上に限定され、同期社員などの異動は口コミネットワークに頼らざるを得ない。

 さて、我が社の昇進の際の手続きであるが、東京周辺に勤務する社員の場合、集合を掛けられ、社長が辞令を手渡すことになっている。一方、地方の支店などの社員は、社長が自ら電話をして、昇進を内示するらしい(内々示は既に行われている)。社長の苗字はおそらく会社に一人しかいないから良いようなものの、これが鈴木や山田や田中なら、電話を取った方も、「どちらの鈴木さんですか?」と尋ねなきゃいけないのでバツが悪い。社長が直接電話するのではなく、人事部が本人を呼び出すまではやるのだろうか?。ちょっと興味がある。「小渕です」。気さくなトップもいかがなものか?。偽社長による偽電話内示が出ないか心配になったりする。

 いくら仕事がペーパーレス化されようと、やはり辞令と給与明細はメールというわけにはいかない。ある日、会社のファクスに「辞令」とタイトルが付いた、手書きの書類が届いていた。同僚宛に届いたそのファクスのタイトルの次には以下の内容が記されていた。「9番、ライトを命ずる」。草野球の助っ人要請の内容である。さらに、集合場所と時刻が記されていた。偽電話に比べれば相当洒落たお遊びと言える。