第347話 ■仕込み

 今回は会社の後輩の話を書きたい。昼間は真面目に仕事をこなしているが、夜の飲み会となると彼は昼間には想像できないような一面を見せてくれる。初めて彼と一緒に酒を飲んだ時に、彼の酒の飲みっぷりを「これはサラリーマンの酒の飲み方じゃないよ。まるで学生のサークルの飲み会のようだ」と私は評した。別の会社の人が彼の昼間の姿を知らずに、いきなり酒の席を一緒にしたら、仕事ぶりが疑われそうな雰囲気である。

 二次会でカラオケボックスに行った時の話。トイレに行っていたのか、彼は先程までいなかったが今部屋に戻って来た。彼のリクエストした曲のイントロが流れると、既に彼のテンションは上がりきっている。このときの曲は忘れたけれど、彼はいつもテンポの早いロック系の曲を好んで歌っている。そして、間奏に入るや突然ワイシャツを乱暴に脱ぎだし、周りが盛り上がるのを確認するや、下に着ていたTシャツの首の部分に手を掛け、デビルマンよろしく、そのシャツを勢い良く破った。その見事な一連のパフォーマンスに一同の拍手と笑いが続く。

 彼は仕事では実にまめな男で、その精神がカラオケに行った際にも発揮される。Tシャツなどそう簡単に破れるもんじゃない。自分の歌う曲をエントリーした後にしばらく姿を消したのは「仕込み」のためだと、先輩が教えてくれた。この手のパフォーマンスを彼はよくやるらしく、必ず事前にトイレに行くらしい。この日はTシャツの首の部分に切り込みを入れて部屋に戻って来たようだ。