第368話 ■キンモクセイ

 キンモクセイの香りが街に溢れる季節となった (ひょっとして過ぎてしまったところも)。普段は気にも掛けていなかったところから、香りとともに黄色い小さな花が姿を現わし、そこにキンモクセイがあったことに気が付く(しばらくするとまた忘れてしまうけど)。私がキンモクセイという語彙に初めて触れたのは小学校6年生の時だった。今でこそ演歌歌手の堀内孝雄が「君の瞳は10000ボルト」という曲をソロで出し、化粧品メーカーとのタイアップもあり大いにヒットした。

 曲の歌い出しは「鳶色(とびいろ)の瞳に」で始まり、鳶色がどんな色か随分悩んだ(実は今も分かっていない)。その後歌詞に「金木犀の咲く道を」というのが出て来る。金木犀が植物であることはすぐに分かったが、果たしてどんなものなのか、この時は分からなかった。

 その後のキンモクセイとの出会いは、どれぐらい後かは忘れたが、トイレの中であった。確か「シャワデー」であったと思うが、トイレに置かれたその黄色い芳香材には「キンモクセイ」と書かれていた。キンモクセイとはこんな匂いなんだと思った。やがて、秋がやって来て、どこからともなく、あのトイレの芳香材の匂いがする。そばに近づいてそれが黄色い小さな花から発せられていることを確認した。

 人間の五感と記憶の結び付きは結構しつこい、特に嗅覚は視覚などに比べて情報量が少ないため、より強固な気がする。きっとこれは私だけでないだろう。友達も、「あっ、便所の匂い」と言っていた。その本来の香りの良さから、「トイレの匂い」、「便所の匂い」と記憶されているキンモクセイ。匂いがする度にこの花の不憫さを思う。