第65話 ■ふた

 「秀コラム」はほとんどを会社帰りの電車の中で書いているため、執筆を開始して、帰りの電車の中での読書が無くなり、本を読む量がめっきり減ってしまった。それでも書店に行っては今までの感じで本を買ってしまうため、読まないまま本棚にしまわれた本が日々増加している。すぐ読みたい本とあわせて、そのうち読みたい本を買ってしまうのが原因の様だ。そのうち読みたい本を読み出す前に、新たなすぐ読みたい本が現れる、悪循環である。

 書店に行って読みたい本を探し出すのは結構面倒なことである。雑誌などの書評を見て、欲しくなった本を求め、書店に出掛けても探し出せないことが多々ある。店員に尋ねようにも恥ずかしいタイトルだったら困る。「『かつどん協議会』ありますか?」。「『活動協議会』ですか?、しばらくお待ち下さい」。「すみません。『活動』ではなく、『かつどん』です」。「???」。検索システムで探してくれている時間がどうも気まずい。「お取り寄せになりますが・・・」。予想通りの回答である。もっと気まずい。逃げるように立ち去るしかない。

 ようやくその「かつどん協議会」が文庫本になって、書店で手にする事ができた。ギャグの中編小説である。カツ丼に対する熱い思いとうんちくが語られている。カツ丼はアンサンブルであり、いずれかの要素が強すぎると全体的なカツ丼としての出来が悪くなる、上品なトンカツ屋のカツ丼などは「肉が強すぎてダメ」と評されている。卵も大事だし、ご飯も大事。ダシも甘すぎず、辛すぎず。

 かつとじとご飯を別々に食べるのは邪道である。ご飯に浸みたダシが旨味を増してくれる。卵は半熟の状態でご飯に載せ、配膳のわずかな時間であるがふたをして蒸らすのが重要である。読み終えると早速カツ丼が食べたくなった。その最初のアクションがカツ丼の店探しではなく、ふた付きの丼探しであるところが私らしい。最近はふた付きの汁碗すらスーパーには置いていないが、何とか努力の甲斐があり、捜索から2日目で目的のふた付き丼を手に入れることができた。