第86話 ■最後の晩餐

 「そろそろ限界だ」。そう思ってついにこの日を迎えた。茂雄(仮名)は妻聖子(仮名)に殺意を抱いている。茂雄は聖子の何でもよそと比較し、そちらをうらやましがる、そんな性格を許すことができなかった。マンションを買った時もそうだ。引っ越してまだ間もないのに「隣の部屋の方が間取りが良かった。日当たりも良いし、風水が・・・」とため息混じりに、またある種ヒステリックにまくしたてる。隣が車を買った時も、彼女のせいで、欲しくもない左ハンドルの車に乗る羽目になった。

 そしてついに聖子が隣の旦那と俺を比較する様になった。隣の旦那は歯科医だ。おまけに背も高く、若い。もちろん金も持っている。最初は「あ~あ。私も隣のご主人みたいな人と結婚すれば良かった」と言う程度であった。それぐらいならまだ許せた。ところが、最近の聖子の何気ない不自然さから、茂雄は聖子の歯科医との浮気を確信し、探偵を使ってついにその証拠を抑えた。

 「あなたが食事の用意をしてくれるのって、いつ以来かしら?」。聖子は何も知らずに喜んでいる。茂雄は彼女のもがき苦しむ姿を想像し、遅効性の毒薬をインターネットで入手した。そして、毒をスープに仕掛けた。「わあ、おいしそう」。テーブルに並んだ料理に聖子も満足そうである。「ワイン出して来るから先に食べていて。冷えるとおいしくないから」と言って踵を返すと茂雄は感情を抑えるのがやっとであった。ワインを持ってテーブルに戻ると、聖子はスープを飲んでいた。けど、まだ何も起きていない。「あなたも早く座って」。乾杯を済ませてようやく自分もスープを飲み出した途端、茂雄は急に胸が苦しくなった。「ずるいわ。私のにはニンジン多かったし、あなたのスープの方がおいしそうだったから取り替えちゃったわ」。遅効性とはいえ、量を惜しまなかったため、聖子の言葉を最後まで聞くことなく、茂雄の作戦は失敗した。かろうじて、2人にとっての最後の晩餐であることだけが予定通りであった。

※本コラムの原作は以前インターネットで行われていた、「勝ち抜き小説合戦」に投稿されていた作品である。タイトルとストーリーの表現部分などはオリジナル。