iPadの日本上陸を受けて、にわかに国内でも電子書籍、電子出版に対する注目が高まっている。電子ブックリーダーの本家とも言えるKindleの日本語対応化については、その対応の有無自体についても未定のままだが、米国でシェア2位につけているソニーが今年中に日本語対応版の電子ブックリーダーを出すらしい。いずれにしても、コンテンツの拡充が、これらハードウェアの普及のキーになっていることは今更言うべきことでもなかろう。ソニーとパナソニックはかつて国内で電子ブックリーダーの販売を行っていたが、失敗により撤退していた。
確かに国内での電子書籍への注目度は高まっているが、具体的なコンテンツとなると遅々として進んでない感じがする。出版社や印刷業者は既存の紙の本の流通による既得利益者への配慮か、はたまた出版権等の権利関係の絡みか、対応が遅れている。業者間で団結してことに当たるために電子出版の業者団体が組織されたわけだが、なかなか一筋縄にいくような感じがしない。むしろ横一列に並んで、「抜け駆けするなよ!」という集まりのようにさえ見える。
確かに日本でも電子書籍のコンテンツは既に存在する。しかしその多くは、著作権の切れたフリーのコンテンツか、出版から相当時間が経ったものばかりである。新刊が紙の書籍と同時発売であったり、加えて価格的にも魅力があれば良いのだが。一方、ユーザーの中にはそんな電子出版を待ってられずか、本をスキャナーで読み込んでPDFファイル化し、それを電子ブックリーダーで読もうとしている人も結構いるそうだ。安価にスキャニングの代行サービスをやっている業者にはあまりもの注文に処理が追いつかない状況らしい。もちろん、自分でこれらの作業をやってしまおうという人も増えているようで、このような自前でのスキャニング作業を「自炊」という。
そもそも国内での電子出版の遅れの原因の一つは、日本語の統一されたファイルフォーマットが定まっていない点にある。日本語には、縦書き、ルビ、禁則、半角全角の混在など複雑である。また、印刷の活字にはあるが、パソコンでは表示できない文字というのもある。そしてもう一つの原因が著作権やその周辺の権利に対して関与する人が多数存在し、複雑な点だろう。
かと言って、フォーマットについては、かつてのビデオテープの規格戦争のような争いはないだろう。パソコンがベースであるため、それぞれのフォーマットに対応したアプリが開発されれば、それぞれのフォーマットのファイルを閲覧することが可能だからだ。ただ、パソコンや電子ブックリーダーの画面に書棚として表示され、それぞれのコンテンツが並んでいる様子をイメージした場合、ファイルのフォーマットによって使用するアプリが異なり、それぞれで書棚を持つようになるとコンテンツの管理が非常に煩わしくなる。そのうち、いずれのフォーマットでも閲覧できる閲覧ソフトが、リリースされるだろうが、いずれのデバイスについてもそのようなアプリが出されるかはまた別問題である。
続いてPDFファイルについて考えたい。紙をスキャンしたものや、印刷イメージでPDFファイルに書き出したものも電子書籍コンテンツの一つであることは間違いない。しかし、これまでの感覚としては、「ファイルサイズをコンパクトにする」、「書き換えができないファイルにする」という側面が強い。実際、これらのPDFファイルを受け取った際に、一旦印刷してから読むことが多い。こうなると、本来の電子書籍のメリットが生かせていない。本末転倒である。ただ、それはパソコンの画面が横広であるのに対し、多くのPDFファイルが縦長であるため、パソコンの画面では読みづらかったからだろう。
これからは専用のリーダーでPDFファイルをそのまま読むケースは増えていくことだろう。一部のリーダーソフトではページをめくる際には、端の方がめくれたりの演出もされている。ただ、PDF形式では電子書籍が持っている機能の一つである、フォントサイズの変更ができない。米国でKindleの人気を支えているある層は壮年から老年の層らしい。老眼の人々には、Kindleならフォントサイズを変更できるので紙の本より読み易いとの評価である。それと同じ電子書籍でもPDF形式では安っぽい感じがしてしまう。
電子書籍で最も大切なこと、それは保存性と再現性だと思う。紙媒体は記録物として長い時間保持することができる。電子書籍は複製も容易であるし、劣化しないため、保存性の面では優れているだろう。問題は再現性である。紙の本は数百年経とうと、保存状態さえ良ければ閲覧できる。一方、電子書籍が数百年後に今と同じように閲覧できるか、という問題に対して誰も明確な答えを出せないだろう。レコードを聞くことやベータのビデオテープを見ることが困難となってしまったように、OSやデバイスの進歩、フォーマット規格の更新などにより、いずれ所有している電子書籍が見られなくなるかもしれないリスクを誰も否定することはできないだろう。
紙媒体には紙媒体なりの良さがあり、これらの一部、あるいは多くが電子媒体に置き換わっていくだろうが、全てを電子化してしまうことはできない。保存という意味でも電子出版の一方で、オンデマンド印刷の需要も増して行くのではないかと思っている。いずれにせよ、ここ数年で出版をめぐる大きな変化が起きていくことは間違いない。我々はグーテンベルグの印刷機の登場以来、数百年ぶりの変革の時期に立ち会っているのかもしれない。
(秀)