(初の短編小説に挑戦。たぶん、5話完結。その第2回)
「大丈夫、大丈夫なの?」。
妻は私の顔と医者の顔を交互に、今にも泣きそうな目で見ている。このときの妻の慌てぶりは、後にも先にもこのとき限りであった。実家から戻って、病院からの留守電を聞いて駆けつけたらしい。娘の加奈子は事態が分かっていないようだ。無理もない。3才の娘には無理な話だ。
「奥さんですか?。大丈夫ですよ。詳しくはまだ検査が必要ですが、すぐに退院できると思います」。
医者からのこの一言を聞いて安心したのか、妻は私の手を握ったまま、崩れ落ちるように座り込んでしまった。
「イテテテテテー。手が痛いよ」。
「あなた、車は?、車?。廃車なの?。どうしてこんな事になったの?」。
「車は多分ダメだろう。事故で意識がないままここに運ばれたから、見てはないけど」。
「警察の事情聴取がこれからあると思います。意識が戻ったと、警察に連絡が行ってると思いますから」。
看護婦が事務的に言葉を挟む。
「保険が利くわよね?。あなたの治療費も車も」。
無事が分かった途端に、次は金の話か。治療費?、やばい!、彼女の治療費はどうなるんだ?。もちろん、彼女の分も保険は利くだろうが、ばれちゃうよ、「秘密のデート」?!。
悪いことというのは、何度かそれを繰り返す中で油断からミスを犯し、それで悪事がばれるものだと思っていた。一度だけならばれなかったものを味をしめてそれを繰り返すからいけないんだと。しかし、今回は不運にも一度目でばれてしまうとは。しかも、未遂。
「ちょっと、実家に電話してくる。大したことなかったって」。
「ああ、分かった」。
「ママ、ジュース」。
二人は病室を出ていった。
慌ただしく、隣の病室に人が入っていく気配がした。
「江里子!」。
山本江里子。まさしくそれは彼女の名。彼女の名をそう呼ぶのはおそらく彼女の両親に違いない。
− つづく −
(もちろん、フィクション)
(秀)