(初の短編小説に挑戦。きっと、5話完結。その第4回)
沈痛剤のせいだろう、どうやらしばらく眠ってしまったようだ。病室には自分しかいない。枕元には着替えの入った紙袋と加奈子のお気に入りの熊のぬいぐるみが置いてあった。「忘れて行きやがって」、と思ったが、娘なりの優しさなのだと、ふと思った。
痛みもだいぶ無くなって来た。点滴も終わっている。どうやら歩くことは出来そうだ。トイレにも行きたくなったし。点滴の針を自分で抜き、ティッシュで止血すると、ゆっくりベッドから起き上がってみた。
トイレに行きたいのも事実だが、それ以上に隣の病室に入院しているであろう彼女、江利子のことが気になった。壁につたわり歩きながら、病室のドアを廊下側に押し開けた。
「301」。私の病室の番号だ。在室者のネームプレートのスペースは4人分あるが、名前があるのは私の分だけだ。
隣の「302」の部屋のネームプレートには3人の名前がある。しかし、”山本江利子”の名前はない。
「秀野さん、勝手に出歩いちゃ行けませんよ」。
後ろから、さっきの看護婦が声をかけて来た。
「ああ、山本さんなら、さっき退院されて、家族の方と帰って行かれましたよ」。
彼女のけががかすり傷程度だったのは喜ばしい限りだが、一目会って事故のことを詫びたいし、治療費のことなどで話をしたかった。黙って帰ってしまったのには何か理由があるのだろうか?。
病室に戻って、加奈子が置いていったぬいぐるみを抱き上げてみると、その熊の耳にピアスが。妻はピアスなどしない。江利子が部屋に来たんだ。そうに違いない。あたりを探してみたが、ピアス以外のメッセージは何もなかった。
それから、2日後に私も退院した。
しかし、彼女との連絡は取れないままである。
− つづく −
(もちろん、フィクション)
(秀)