それほど悪い曲ではないのに、歌われると困ってしまう曲のトップにランクされる可哀想な曲だ。布施明がホテルのディナーショーで歌うのなら、私も聞いてみたいが、カラオケや結婚式の披露宴で素人に歌われるとうまい下手に関わらず、急に座がしらけてしまう。
けど意外とその場面に出会うことは少ない。私の場合も実際にそんな場に遭遇した明らかな記憶はない。いつからかそういう雰囲気が暗黙の了解として知れ渡り、自粛するようになったのか?。代わりにその人々は「昴」なんてのを朗々と熱唱にするようになった気がする。「目を閉じて何も見えず」って、本当に目を閉じて歌う姿にも困ったもんだ。
話を戻すが、マイウェイは英語で歌われるのと日本語で歌われるのとどっちが嫌だろうか、と考えてみた。まず英語で歌われると聞く側は「そこまで練習しているか??」という反応を起こす。家やカラオケボックスで一人黙々と自主トレに励んでいるかのようだ。そして、うまく歌い上げられると嫌味だ。まあ、そもそも下手な人は英語で歌おうとはしない。英語で歌うときには「俺はうまいんだぞ、歌詞もしっかり覚えているし」というメッセージを送っているようなもんだ。一方、日本語の方は歌詞がしょぼすぎる。曲に詩が負けている。中途半端な偽物を晒されているような気がする。
日本語であろうが英語であろうが、この曲が避けられる理由は歌い手の「俺はこんなにうまいんだぞ!」というのが嫌なんだ。そして下手くそだったら、それも聞きたくない。女性で言えば、下手な「天城越え」はやめろ!、というのと同じ感覚。けど歌っている方はうまかろうが下手だろうが、座がしらけようが「マイウェイ」、お構いなし。曲のタイトルがこういう洒落だったとは知らなかった。目を閉じて、おまけに小指なんか立ててやがる。
(秀)