50歳の誕生日を機に「秀コラム」を再開することに決めた。振り返れば、「秀コラム」は1999年4月9日にスタートし、途中ペースを落としながらも、2014年1月31日までに1,819話を書き上げた。そして、2014年10月28日付のメルマガで、メルマガでの配信を終えることを宣言した。休眠状態を明言したタイミングである。
このときのメルマガは公式な秀コラムの話としては、カウントされていないが、その中でメルマガを止める理由と自分の近況を述べている。改めて、その内容を振り返ってみる。
私が「秀コラム」を始めた当初は、ブログもまだなく、TwitterやFacebookもない状態で個人が意見や考えを発表するには独自にホームページを立ち上げるか、まだ少なかったメルマガを始めるくらいしかありませんでした。それが今では、多くの人が自らの意見や考えを非常に簡単に表明して、発信できるようになりました。
個人が自由に発言ができることは、一見非常に素晴らしいことですが、玉石混交で、ネットやテレビで流れている情報に独自に取材することなく、評論家めいた意見を述べて満足しているようなものばかりです。少なからず、自分も似たような感じであることで、自問自答の日々をしばらく送ったものです。まあ、このあたりについてはいろいろと思うところがありますが、ここでは控えるとして、いずれにしても「秀コラム」は既に私が最初に始めた頃と私の考え方も含め、だいぶ状況が変わってしまいました。自分で「秀コラム」の役割は終わったと判断しました。
ここに書いた考えは今でも変わらない、むしろ国民全体がツッコミ体質で、総じて批判めいたことばかりであることに危機感を感じている。皆がマスコミを真似、それらしいことを言っているが、オリジナリティーがなさすぎる。自分も批判的な文章はたくさん書いてきたが、単に批判するだけでなく、代替案を提示してきた。そして何より、感情や感覚によることなく、理詰めで文章を書いてきた。しかし、そんな差などほとんど認識されないのではないかと思い、そんな批判陣営の中にくくられるのが嫌で、書くことをやめた。
それでも再度、秀コラムを再開する気持ちに至った理由をこれからも示したい。最近のマイブームは「記憶の整理」である。今振り返ってみると、「秀コラム」を最初に書き出した動機もまさにこれだった。自分の記憶を書き残しておきたい、ということで始めた。一方、「記憶の整理」とは、書くことやアウトプットすることが目的ではないけれど、もやもやしてきたことに、区切りをつけることを自分はそう呼んでいる。
50年生きてきて、急に何かが変わるものではないが、ふつふつと日々湧いてくる記憶のもやもやを整理していかないといけない。その場所を訪れたり、人と会ったり。同窓会なんて、ある思いに始末をつける、絶好のチャンスだと思っている。ただ、うまく始末できない場合もあれば、新たなもやもやを抱え込むこともある。
再開するにあたり、新たに心に決めたこと。批判的なことはできるだけ書かずに、読み手が元気になるような文章を、愛情とともに力を込めて書く。巷にあふれる情報に便乗したり、後追いするような、オリジナリティーのない無粋な文章は書かない。その他、どんなことを書いていきたいかは、しばらくこのコラムの中で所信表明していきたい。50歳という区切りのタイミングだからできた決心、再スタートだと言える。