門の格子戸がガラガラと開く音がして、数秒後に今度は玄関の戸の滑る音がした。玄関から声がする。
「ごめんください、ごめんください」。
「はーい、ただいま」。
廊下の奥の方から澄んだ声とともに、和服を来た若い女性がいそいそと現れた。和服の上に白い割烹着を着ていて、今時分の女性としてはずいぶん清楚な人だ。
「私、田所秀明と申します。昨日、お電話にて……」。
「うかがっております。お待ちしておりました。どうぞこちらへ」。
その女性について、磨き上げられた長い廊下を進み、奥の庭が見える所まで来たところで女性が歩きを止め、廊下にひざまずいた。
「田所様をご案内いたしました」。
「どうぞ、お入りください」。
障子の向こうから、年配の女性の声がした。案内してきた女性は両手で軽く障子を開け、その手で更に障子を開けた。その後お辞儀をして、入り口から身をかわし、私の方を下から見上げた。その見事な作法に圧倒されてしまった。さて、部屋に入るにあたって、自分はどうすれば良いのだろうか?。もう既に私は試されている。そう思った途端に、脈が早まり、汗が吹き出てきてしまった。
「どうぞ、緊張なさらずに、さあ、お入りなさい」。
とりあえず、先程の女性と同じようにそこに正座し、深々と一礼して、部屋の中に歩き進んだ。畳の縁を踏まないように。
三十畳ばかりのその和室には二間ほど見事な床の間があり、その床の間の前に初老にさしかかろうかと思える女性が座っていた。人当たりは柔らかそうだが、相当の食わせ者、眉唾者のようにも見える。テレビで見た、狂言役者の母親に雰囲気が似ているせいかもしれない。
– – この話はフィクションです。- –
(秀)