佐野元春の曲の中に「ガラスのジェネレーション」という曲があるが、この歌詞で意味が今になってもどうも理解出来ない部分がある。冒頭、「ガラスのジェネレーション」で始まり、その後に「さよならレボリューション」という歌詞が出て来る。ガラスのジェネレーションというのは彼やそれよりも若い世代を指しているのだろうが、その世代が変革を放棄し、保守的になったことを歌っているのか?。平和な時代が訪れたことを喜ぶには、時期も日本という環境にも馴染んでない。歌詞の続きは結局、恋の歌である。ビートルズの「レボリューション」という曲に対するメッセージなのだろうか?。気持ち悪いまま、十余年になる。
世間では易々と「革命」という言葉を使用しているが、大きな変化や変革の大きなものを革命と呼ぶのはその概念を正しく理解していないためであろう。それは、革命とクーデターの違いを考えると分かり易い。まず、クーデターは社会的な体制が変わることなく、支配者がその階級の中で武力等で交代することを指す。それに対し、革命は被支配者層が支配者層を駆逐し、力関係が逆転することである。要は支配されていた者達と支配していた者達の立場が逆転することを革命と言うのだ。学校で習った、市民革命などもまさにそうである。
一方、産業革命を簡単に表現すると、「手から機械への生産手段の移行」と言える。これまで、職人により支配されていた生産活動が熟練を要せず広く普及したことである。しかし、革命の概念を考えるとき、うがった見方をすれば、それは人間が道具を支配していたが、道具が機械となった途端に人間がそれらに支配されるようになったことを革命と呼んでいるような気がする。インターネットが第二の(第三次と言う人もいるが)産業革命などと言われているが、「インターネット革命」とは人間がインターネットに支配されることを言っているのかもしれない。