社会発展史的視点から見ると、人類の歴史の大半は、身分や階級のない時代を生きてきた。原始共産制社会と言う、日本で言えば、縄文時代までということになる。教科書ではわずかばかりのページでしかないが、時間的には圧倒的に長い。それがやがて、奴隷制社会を経て、封建制へと移り、資本主義社会へと変化してきた。世界的に見てこのような流れがあり、日本でも例外でない。対外的な交流がなくても、それぞれがほぼ同じような発達の経路をたどるのは、経済構造が基本となってその上部に政治構造を築いているからである。

 日本にも奴隷制社会はあった。しかし、一般的な学校ではそんなことを教えてくれない。私も大学に入って、経済史を学ぶ、とば口でこの事を知った。それはショッキングな事実だった。公地公民、都の造成、大仏建立、荘園。歴史で習ったこれらの裏にはそれらを支えた人々がいる。私たちが歴史で習った貴族社会なんてほんの限られた人の生活でしかなく、大半の人々は身分・人格としての自由はなかった。

 このようなことを学校で教えたら大変なことになるだろう。教えられない理由がある。その理由の1つは、そのような階級社会の頂点であった存在に対するタブーがあるからだ。具体的に書かなくても、もうお分かりいただけるだろう。

 さて、今上天皇の生前退位の話題が出てきた。以前はかなりの天皇が生前退位を行ってきたと報道等は伝えている。「だから良いのではないか」、という論調であれば、それは大きなポイントを見誤っている。明治天皇から先の敗戦までの昭和天皇に見られる近代天皇制はそれまでの天皇制とは違うからだ。近代天皇は不可侵な「神」であるとされた。「現人神(あらひとがみ)」である。現代人はいくら天皇でも、人間であることは疑わない。以前もそう思っていたかも知れないが、国民(臣民)は、天皇を神として教育されてきた。だからわざわざ、戦後に昭和天皇は「人間宣言」を出して、これを修正した。

 天皇制を政治利用しようとした者達は天皇を神にした。神様が途中で神で無くなることなどありえてはならないから、そのような皇室典範を明治期に定めた。天皇は役職ではなく、神なのだから、途中で辞められては困るのだ。一方、敗戦後は象徴天皇として、その位置づけは変わったが、皇室典範は依然と崩御による譲位しか想定していない。もはや神ではない天皇でも、生前退位が認められなかった理由、それは敗戦により退位を考えた昭和天皇をGHQが押し留め、戦争責任を不問としたことが背景にあると私は考えている。

 高齢等が理由であれば、現法制下で摂政を置けば、その目的は達成されるはず。にも関わらず、わざわざ皇室典範の改正を要する生前退位の意向を、もしそれが天皇自らの意志であるとすれば、ある意味、政治的発言として認められないながらも、マスコミを動かして、既成事実化を狙っている。

 憲法改正よりも皇室典範改正のスケジュールが先に組まれるとしよう。高齢が理由であるならばそちらが先であろう。衆議院は任期満了までは後2年数ヶ月。せっかくの両院での3分の2のタイムリミットかもしれない。総理大臣閣下は、ノーコメントどころか相当怒っているらしい。参院選が終わるまで、今回の報道を止めるのが精一杯だったかもしれない。

 日本国憲法第一条「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」

(秀)