私は青春映画が好きでしばしば見ているが、明らかに展開がテンプレート化されていて、その後の展開が読めているにも関わらず好きである。これらは基本的に全てがハッピーエンド。途中で障害が発生するもそれを乗り越える形で結末へと向かう。起・承・転・結という形にすっぽりと収まる安心感がある。逆にこのフォーマットが崩されて予想外の展開となった場合は、それはそれで心地よい裏切りを楽しめる。

 この場合の障害はいろいろあって、青春映画の場合は仲違いというケースが多い。それが最終的には和解し、そこからのエネルギーが全てを好転させてしまう。このようにストーリー展開において障害を設定することは、単純ではあるがその効果は大きい。そして障害の一つが敵の存在である場合もある。

 小池都知事は敵の作り方が実に上手い。森元首相、石原元知事、都議会与党の重鎮。報道の影響も大きいが周りの人々は彼女の敵を悪と判断し、彼女を応援するし、敵が攻撃を仕掛けて来ようものなら、それに反発する。敵を利用することで自らの支持を拡大している構図がある。実に単純だが、単純ゆえに効果的でもある。

 それに比べると、現防衛大臣はこのあたりの戦略に実に疎い。森友学園問題の仮想敵にイメージ付けられてしまった。みすみすその罠にハマってしまった、という気さえし、弁護士としての力量や資質において大きな疑問を感じる。仮想敵というのは防衛上の戦略において極めて重要な定石であるはず。嘘、虚偽以上に、自己の防衛力にも乏しい大臣がこの国を守れるのかに私は大いなる不安を感じている。

(秀)