言葉が何故他人に伝わるかはなかなか不思議なことだ。昔の人は「言葉には魂があるから」と考えた。「言魂(ことだま)」というものだ。しかし本当のところは人間が言葉などを抽象化する能力を持っているから、言葉によって意志や情報を伝えることができる(言語学的にはもっと複雑な説明が必要かもしれないが)。「犬」、「白」など具体的なものが一般化している場合は極めて伝達は容易だ。「外に白い犬がいたよ。見ておいで」といった場合、受け手が小さい犬をイメージして見に行き、実際には大きな犬がいたとしても「犬はいなかった」とは言わないだろう。10人が犬の絵を書くと10通りの犬が書かれるだろう。絵の上手下手はあるだろうが、まず、いずれも犬と認識できるだろう。それはいずれの犬も具体的な姿をあらかじめ知っているからだ。

 またもう一つ、人間の不思議な能力として、新しい語彙を獲得する過程がある。新しい語彙を獲得する際はその言葉を既知の他の言葉に置き換えていくことになる。私達は無意識ではありながら大変な作業を日常において繰り返しているのだ。辞書の類はそれこそ一般的な言葉の組みあわせで別の言葉を説明するといった途方もない作業を具体化したものだ。

 ところで、若者を批判するときによく使われる、「最近の若い者は・・・」という言葉は洋の東西を問わず、しかもかなり古くから使われていたそうだ。ソクラテスやプラトンの時代にその種の言葉が使われていたことが、神殿の柱の落書きとして、確認されている。実はもっと以前から使われていたかもしれない。サルが二足歩行を始めた人間達を見て、「最近の若い者は・・・」。彼らにどのくらいの語彙と抽象力があったかは良く分からないが。