第936話 ■うるう曜日(3)

<前話からのつづき>

 例の閣議の翌日だから、金曜日ということになる。官邸をはじめ、マスコミなどに同じような内容のメールが次々に舞い込んだ。「バカげたことを言うんじゃない!。何が『うるう曜日』だ。コンピュータはどうなるんだ??!」。そのメールの最大公約数はこんな感じだった。中には冷静にコンピュータのカレンダーの曜日が『うるう曜日』以降、合わなくなってしまう事や、それを修復するための修正プログラムなどでどれほどの費用や社会的な影響が出るかを説明して来るメールもあった。「コンピュータ『うるう曜日』問題」の勃発である。

 メールの内容がようやく理解できた官房長官は予算委員会に出席中の総理にメモを差し入れ、総理は事態が呑み込めないものの、休憩の合い間に委員会室を抜け出した。「官房長官。いったい何の騒ぎだ?!」。「総理大変です。例の『うるう曜日』の件で、コンピュータに多大な影響が出ることが分かりました」。「何????」。その後は総理大臣秘書官が説明を続けた。「それで、対応策はあるのか?」。「影響の深刻さとしては2000年問題のときほどには及ばないと思いますが、あのときは事前に数年前から準備ができていました。今回はその期間が短すぎます。最近のコンピュータであれば、修正プログラムでカレンダー部分の書き換えは可能ですが、初心者には難しすぎてほとんど無理だと思います」。

 「コンピュータ『うるう曜日』問題」はマスコミの格好の餌食となった。影響はコンピュータだけではなく、ビデオデッキにも及ぶ。予約録画のカレンダーがズレてしまう。これは部品を交換しないことには対応できない。この不況期に新しい需要が期待できるわけでなく、対応のコストだけが出て行くため、コンピュータと家電の業界はこぞってこの『うるう曜日』に反対を唱えた。国民のほとんども、「わざわざ余計な事をして!」と怒っている。内閣支持率は急激に落ち込み、20%を割った。

 一方、アメリカで『うるう曜日』の実施のことを知る人は意外に少なかった。それを良いことに、大統領は振り上げたこぶしをそっと下ろして、実施を取り消す決定をした。結局我が国も『うるう曜日』の中止を取り決め、告知した。しかし、責任問題は残る。国会は会期中ながら、予算案が衆院を通過した時点で、野党は内閣不信任決議案を本会議に上程した。世論の後押しもあり、今度ばかりは野党に風が吹いている。「思慮が浅く、これからのIT社会に対応できない人々」と決議案の中で謳われ、レッテルを貼られた彼らは本会議の採決で決着を図るか、その前に総辞職するべきかを決めるために閣議に臨んでいる。木曜日の午前中の官邸。議論が長引いているのか、午後からの衆院本会議まで、残されてた時間はわずか。一足先に、そこにはかつての内閣府官房長の姿はなかった。

●この話はもちろんフィクション

(秀)