おそらく、そのまま放置していたら、6畳間の私の書斎は本で埋め尽くされてしまっうだろう。そう思い立って、本を背表紙から断裁し、各ページをスキャナーで連続読込する形で、電子ファイル化する作業(「自炊」という)を始めて、そろそろ6年になる。そうして、1,500冊超の本などがコンパクトな書斎のサーバーに収まっている。その容量、約70GB。これら全部を可搬メディアにコピーして持って歩くにはやや面倒なサイズではあるが、持って歩かずとも、自宅のサーバーにアクセスすればダウンロードできるようにはなっている。

 読んだ本ばかりではない。買ってきても置き場所に困るので、そのまま電子ファイル化した本もかなりある。今となっては、死ぬまでに読めない(読まない)であろう本もかなりありそうな気がする。もちろん、読みたい本はこれからも増え続けるわけで、読めない本はますます増えていくに違いない。果たして、そんな本を買う必要があるのか、手間を掛けて、せっせと電子ファイル化する必要があるのか?。あまりにも怖すぎて、まともに考えることすらできなくなる。

 やはり、紙の本を読んだ方が、読み進むのは速い。ページをめくる感覚と、全体のどの位の位置まで読み進んだのかを確認するには、やはりアナログの方が優れている。置き場所に困らないことと、手軽に持ち歩ける、リモートで伝送できる、くらいしかメリットが思いつかなかったけど、最近これに新たな強力なメリットが加わった。

 加齢による老眼で、文庫本の小さな文字が見づらくなってきた。まだまだ文字の認識はできるが、その状態で本1冊を我慢して読める状態ではない。リーディンググラス、平たく言えば、老眼鏡を掛けて読んだ方がはるかに楽だ。ちなみにまだまだ、度数は極めて弱いのだが。

 そこで、電子ファイル化した書籍をタブレット端末で読んでみる。iPadを例にした場合、文庫本の紙面とiPadでは面積比で約2倍だから、文字の大きさは約1.4倍になる。画面のバックライトで目には優しくないかもしれないが、多少暗いところでも、文字はくっきりと見える。いくつかタブレット端末を持っているが、iPadが最もいい感じで読める。たまには、音楽を流しながら、本を読む。

 床の中でもタブレットで読む。部屋の明かりを消して、バックライトの明かりで。交感神経・副交感神経などの立場から言えば、決して勧められないことだろうが、寝付くまでの時間もこうして過ごしている。タブレットをスタンドに立てて、うつ伏せになって本を読む。意外とすぐに眠りに落ちてしまう。

(秀)