クローズド・クエスチョンの落とし穴は、その回答に対する相互間の期待値に差があることだ。質問者は相手の回答をデジタルに捉えてしまい、ほぼ白黒をはっきり付けたものと判断するも、回答者はそこまでの気持ちでないことがほとんどだからだ。「そこまでではない」というやつだ。

 それと、誰もが同じような答えをするようなクローズド・クエスチョンというのも曲者だ。「幸せになりたいか?」、「お金が欲しいか?」。中には、お金なんかいらないという人が極少数いるかもしれないが、幸せになりたいという願望は、ほとんどの人がイエスと言うに違いない。しかし、その大半の人は特に何かをそのためにやることはない。よって、思うだけで何かが変化することはありえない。

 問題はそのアンサーの度合であり、それによる優先順位にある。重要度と緊急度という2軸で考えた場合、緊急度と重要度が共に高いものが、トッププライオリティとなる。いくら重要度が高くても、緊急度が低く、現状でも何とかしのげているものについては棚上げされがちなものとなる。「幸せになりたい」というのはここに分類される。一方、緊急度が高いからとそれらばっかりを日々消化していくと、目先のものにとらわれて、最終的なゴールを見失ってしまうことになりかねない。

 「忙しいから」という台詞は実に便利な免罪符である。けど忙しくても、時間が全く無いわけではなく、実際は気持ちの余裕がない状態を指している。「心」が「亡い」と書いて「忙しい」。あるいは、「忘れる」。ともによくできた漢字だ。実際は、優先順位の入れ替えをすればどうにかなることを拒絶してしまっている。「忙しいから」ということを理由にいろいろなことを断っているとしたら、多分この先も同じような人生を送ることになるだろう。

 「お金がない」というのも、本当にないわけではないだろうから、その価値観に見合わなかったり、そこまでの物欲に至っていない、要は優先順位を繰り上げるまでには至らないということだ。

 「○○したいけど、できない」というなら、実際に優先順位を上げてまで、行動を起こしているかを検証すべきだと思う。自戒の念を込めて書き記す。クローズド・クエスチョンの回答には要注意。「好きなの?、嫌いなの?」。うーん、これが究極のクローズド・クエスチョンだね。

(秀)