小学館が発行している、学年別学習雑誌「小学二年生」が年明けに出す合併号をもって、この年度分で休刊することとなったらしい。休刊という言葉が使われることが多い出版業界だが、これは廃刊とほぼ等しい。臨時で単発の企画的な復活はあっても、元のように定期刊行されることはまずありえない。三年生から六年生は既に休刊になっている。これで、小学館の学年別学習雑誌は「小学一年生」のみとなってしまった。

 私にとってこの「小学○年生」は毎月発売を楽しみにしている雑誌だった。田舎とは言え、発売予定日の前日頃に店頭に並ぶことがあって、近所の本屋を日に何度も覗いてみることもあった。もちろん、このシリーズは6年間買ったし、中学に進んでは、「中○コース」を買った。「コース」は確か学研が出版していて、「中○時代」は旺文社だった。中学ではこのように二者択一になるが、小学生の場合は迷うことなく、小学館のそれしかなかった。一時期、他社による小学校学年誌の市場参入があったが、小学館にインパクトを与えることはできず、すぐに撤退している。

 私も子どもたちには毎月、「小学○年生」は買ってやっていた。言葉遣いをちょっと考えたが、「買ってやっていた」という表現がもっともしっくりくる。このくらいの子どもたちが本や雑誌を買うのは、圧倒的に親の判断による。子どもが「買って!」と言うか言わずか、いずれも親がそれを決める。買い与えられて初めて、その本(雑誌)がおもしろいかどうかを子どもが判断する。これまでの休刊の原因を、子どもの数の減少や嗜好の多様性(特に高学年の場合)と小学館は説明しているが、そればかりでは本質を見抜いていないと思う。上辺だけを見ていて、薄っぺらい。そういう言い分は出版物だけでなく、あらゆる子ども向け産業に言えるからだ。

 親世代の動向を注目しないといけない。きっとその層は本をほとんど読まないのだと思う。雑誌はどうだろうか、ファッション系の雑誌は見ているかもしれない、しかしそれはコンビニで買って、本屋には行かない。新聞を取っていない可能性も高いのではなかろうか?。そんなプロフィールを想像してみた。自分が活字を読まない、本屋に行かない、となると、子どもに本を読ませようとか、雑誌を買い与えようという思いにはなかなか至らないのではなかろうか?。

 子どもの嗜好の多様化というのは、確かに見られるかもしれないが、そもそもの原因を捉えないといけない。読み手である子どもの変化ではなく、親の変化である。そのような取り込みができなかった結果の休刊だ。子どもたちが喜ぶような雑誌を作っていても、マーケティングの対象がそもそも違っていたと思う。

 そうこうして30年後、子ども達は親世代となる。街の本屋はまだあるのだろうか?、電子書籍、電子雑誌の方が多いのだろうか?、新聞の宅配制度はどうなっているだろう?。単なる学習雑誌の休刊ということだけだが、何だかとても強い不安感を拭えない。

(秀)