■小野田さん

 「戦争を知らない子どもたち」という曲が流行った、そのしばらく後だったと記憶している。元日本兵の横井庄一さんと、その後に小野田寛郎さんが日本に帰還した。先の横井さんのときのことはよく覚えていないが「恥ずかしながら帰って参りました」という言葉は私の頭の中に残っている。一方の小野田さんの方は、軍服のまま帰還し、凛として眼光鋭く、敬礼をしていた映像を覚えている。

 小野田さんがルパング島で見つかった時、私は小学校2年生で、ことの事態があまり良く分かっていなかった。しかし、そんな騒ぎから数ヶ月後、かつての恩人に会うのか、恩人の仏壇へのお参りかで、私の実家のすぐそば(佐賀市田代2丁目)に小野田さんがやって来た。昭和49年かその翌年のことだった。いったいそんな情報がどこからやってくるのか分からないが、この情報をもたらした父親と一緒に見に行った。

 ちょっとした人だかりができていて、そこにやがて車が現れ、小野田さんがにこやかな顔で降りてきた。一斉に拍手をしたようなしなかったような、あまり良く覚えていない。まさに時の人、有名人扱いである。滞在時間は短く、戻ってまた車に乗り込むところまで見送って、自分たちは帰ったように記憶している。社会的に大きなニュースをちょっと身近に感じた最初の体験だった。

 こんな感じで元日本兵が終戦を知らずに現地に残ったままの人が他にもいたのではないかと思ってみたりする。そして発見される前に死んでしまっていたり。現に横井氏には発見される8年前まで、二人の同行者がいたらしい。また、終戦後5年経った時点で、戦友が投降したことで小野田さんら他の残留兵があることが確認されていたらしい。自分たちが想像すらおよばない過酷な状況直後のあの敬礼姿と身近で生で見た小野田さんの姿には相当の差があった。

(秀)