第1447話 ■床屋選び

 子どもの頃、通っていた床屋は父親が行っているというだけの理由で決まっていた。その店には中学生の頃まで通っていた。たまにはお金を持たされずに、「今度お父さんが持ってきます」と、ツケも可能なほどの付き合いの店だった。高校生になってからは、その他の店を転々としたが、しばらくしてからは、ある店を行き付けとした。就職して初めて借りた家の隣が床屋だったので、そこに住んでいる間はその隣の床屋に通った。

 昨年、しばらく行き付けにしていた床屋が廃業してしまった。そこで新しく通う床屋を探してみたが、どうもしっくり来ない。馴染みの常連客と店の親爺が会話をしているところに、じっと待つのがちょっとつらい。ただ一人のよそ者だから。自分の番になったが、親爺は私には特に会話を仕掛けてこない。明らかなよそ者扱いだ。常連とそれ以外の客の間に見えない壁がある。この店には2度と行っていない。

 かと言って、やたらと話しかけられるのも困る。そっとしておいて欲しいときもある。廃業した床屋はこのあたりの加減が実に良かった。聞かされる客は一度だけだが、あの親爺は一日に何回も同じ話をしているのだろうか?。それも毎日?。あまり話の面白い床屋の親爺に会ったことがない。

 そこで最近は駅前にある、安さを売りにした床屋に行くことにした。安いだけに、大量の客をこなすため、馴染みとか常連が幅を利かせる雰囲気の店ではない。また、淡々とすばやく終わらせるために、無駄な会話が一切ない。これだったら私にはむしろ値段が高くても良さそうだが、値段は安い。技術の上手い下手は二の次。

 「今日はどんな感じにしますか?」。「1ヶ月でこんな感じになるようにしてください」。だいたい、どの店でも同じように切ってくれる。

(秀)