第1806話 ■70年代少年倶楽部発足の辞
微妙な歳なのである。
40歳を過ぎて「不惑」の域に達することができるかと思ったら、むしろ余計に迷ってばかりの毎日である。
いや、お疲れさん。ご同輩諸君。
このプロジェクトは10年早くてもいけなかったし、10年遅くてもいけない。
70年代に少年期に送った自分たちにはまさに今が絶好のタイミングある。
記憶を棚卸しして、それぞれで補完しあいながら、それらをできるだけクリアな形で保存するには、その風化というか熟した状態(果物も腐る直前が美味い。けど、もうしばらくすると腐ってしまう)としては今こそが絶好の時期なのである。
同様に各種思い出のアイテムたちも世の中から滅損してしまう前に救済しておかないといけない。
例えば、80年代ではまだ新しすぎ、60年代はやや情報が出尽くした感じがする。
そこで70年代の少年として我々の出番である。
我々は(多少の)金と行動力を持った子どもだ。
「70年代少年倶楽部」
我ながら良いネーミングだと、自画自賛。
「70年代少年倶楽部」は既存のコレクション偏重やカタログ的な情報紹介のサイトとは一線を画したいと思っている。
ただ一方的に発信して、一方的にそれらを眺めるではなく、従来眺めるだけだった人々にも参加してもらいたい。
「参加型懐かし系探索プロジェクト」である。
このコピーには主語がない。
主語は当然、70年代に少年期を過ごした人たちであり、きっとあなたもその一人だと思う。
あの頃の忘れ物を取りにいこう、と思う。
あなたにもそんな忘れ物がありますか?
遊びに行ける、70年代
集え!「中年魂」
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以上が、私が今年最も注力する予定のプロジェクト「70年代少年倶楽部」の発足の辞(一部省略)である。この元日にスタートした。主宰はもちろん私だ。
私が秀コラムを書き始めた当初の目的の一つだった、懐かし系の記憶を記録に留めておくことを自分一人ではなく、多くの同年代の人々と交流することで刺激を受けながら実践することにした。かつての記憶を元に今さらながら追体験し、そのことをWebサイトにアウトプットしていく。
その当時、やりたくてもやれなかったり、買いたくても買えなかったものがあったはず。それを今の行動力と金で成し遂げてみる。「70年代少年倶楽部」は単なる懐古趣味のプロジェクトではなく、昔やれなかったことをやることで、今とこれからをもっとポジティブに生きていこうという、チェンジマインドの実践プロジェクトでもあると思っている。興味がある中年諸氏の参加を期待したい。
http://70s-boys.com/ で待ってます。
(秀)
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