第322話 ■花火は口実

 花火の季節である。土曜日となるとあちこちで花火大会が催されている。以前私が住んでいた二子新地ふたこしんちというのはところは、多摩川を挟んだ神奈川県で、玉川花火大会の絶好のポイントであった。その日は平日にもかかわらず、会社からの帰りの電車は乗換駅で止まるごとに混雑が増し、朝の電車以上の混み具合であった。そして、二子玉川から二子新地への間(ここが河川岸で花火大会の会場である)では、鉄橋下の人だかりに驚いた。まるで合戦場に兵士達が集められたかの様にうごめいていた。きっと、何十万人という規模での群れであったに違いない。

 最寄り駅でほとんどの人が電車を降り、流れに任せて改札に来た時点で「改札がない!」のが分かった。この日ばかりは改札自体(当時は自動改札ではなかった)が撤収されていた。何とか寮まで人ごみをかき分けたどり着いたが、一人で見る花火が楽しいはずもなく、ドンドコうるさい音響と振動が伝わる中、コンビニ弁当を部屋でつついていた。結局花火は見ていない。

 そして今住んでいるところも花火大会の最寄りスポットになっている。今度は江戸川の花火大会である。ところで、花火大会を訪れる人々のエネルギーたるや全体としては相当なものだろう。浴衣に着替えて(この日のために買ったりもする)電車に乗って(行きも帰りも通勤電車並に混んでいる)、現地に着いても人混みが絶えない。もちろん暑いし、蚊に刺されるかもしれない。そこまでして花火が見たいのか?。いや、彼らは花火見物が目的なわけはない。花火なんか所詮言い訳ではなかろうか?。デートの口実。花火も花見もクリスマスも、所詮口実のためのイベントでしかないと思う。一人で花見に行く人もいないだろう。一人っきりでも花火を見に行く人がどれくらいるだろうか?。ナンパ目的?。もしそれで一人で出かけるとしても、花火ははやり口実でしかない。