第646話 ■皇位継承
- 2001.12.03
- コラム
皇太子妃の出産で国内は久しぶりの明るいニュースであるが、それにあやかろうとする人々の気持ちは本来の奉祝の気持ちとは違うような気がする。きっと今週の芸能マスコミや週刊誌は過剰なほどにこの話題を終始することだろう。マスコミのはしゃぎぶりはやはりおかしい。どこかの産婦人科に出向いて「同じ日に生まれた赤ちゃん」なんてのを映していた。ただこれだけのことで、この子は一生のうちに一万回くらい「○○様と誕生日が一緒」ということを口にすることだろう。不運にもそんな場面に遭遇したら、「だから何なんだ」と突っ込んでやろう。
天皇家の機能はその血統の維持にある。これまでも何度かの危機がありながらも、125代(最初あたりは不自然であるが)にわたる長い間この血統が維持されたことは外国にも例を見ない。しかしこのためには多くの人々の悲喜こもごもがあったに違いない。何も古い話ばかりではない。皇太子夫妻に対するこれまでのプレッシャー、そして今回の内親王の誕生。これでますますプレッシャーが募るのでは?。そして何よりも誕生した内親王自身が後にそのことを最も意識して生きていかなくてはならないことだろう。
生まれたのが内親王とあって、予想通りに「皇室典範」改正への関心が高まった。「次がもし男だったら」、という望みもまだ残っている。しかし、それ以上に「男女平等」の立場から女帝容認という意見が出てきた。本当に男子がいないときにはじめて長姉を皇位継承者とするのか?、男子の有無に関わらず、長子を皇位継承者とするのか?。この部分では世論も分かれることだろう。平等、平等、と言いながらも、男子優先というのが残れば、男女平等とは言えない。しかし、男子であれ女子であれ、世襲で特権階級が維持されている制度自体、平等とは矛盾した存在に思える。天皇制は奴隷制の名残である(第286話「中流なわけがない」参照)。そもそも平等とは無縁の存在であったはず。
(秀)
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