回答が、イエス、ノーのようにいずれかの選択肢に絞られている質問を「クローズド・クエスチョン」という。反対に、自由に回答できる質問を「オープン・クエスチョン」という。ただ、言質を取り付けるために、クローズド・クエスチョンでまず意思確認をして、そこから質していくと、最初の回答が翻ることもある。「そこまでではない」と。

 そこには度合いの斟酌が足りないからだ。世論調査とかに出てくる、「そう思う」、「ややそう思う・どちらかと言うとそう思う」、「どちらかと言うとそう思わない」、「そう思わない」。実際はこれでも選択肢としては足りないのかも知れない。「離脱」か「残留」か、その個々の度合に関係なく、いずれかを選んでその頭数で判定する。ある意味、それが民主主義というものかもしれないが。

 星マーク等による評価システムもクローズド・クエスチョンの範疇だろうが、選択肢が多くなると妙なバランス感覚が作用して、公正な回答が得られない可能性がある。どちらでもない、中間の評価をする場合があるだろうし、あるいは評価する仕組みによっては、積極的な意志を持ってそのランキングに加わるのだから、強い度合いの意見と言える。そうなると、あまり全体を反映したデータとは言い難い。

 飲み会の出欠を確認する際に、私はその度合に注目している。「行けたら、行く」というのが最も困る。だからそれを数字で示してもらうことにしている。面白いことに、30%出席見込みの人が10人いると、実際の出席者は3人となる。出てきた回答の加重平均を取ると、だいたいの出席者の見当がつく。かなり正解に近い数字が経験的に求められている。

 さて、今回私が取り上げたいことは、実はこのようなことではない。この続きは次話で。

(秀)