正直に言おう。電子書籍、あれはそれほど普及しないと思う。私は蔵書千冊以上をPDFファイル化し、結構早い時期からタブレットで本を読むことを実践してきた。本の置き場所に困らない、大量の本をデータとして持ち歩ける、外出先から自宅のサーバーの蔵書データを取り出して読み始めることができる。そして何よりも、書店や古書店の店頭で、「この本持っていたかな?」という蔵書データの検索がスマホでもできる。

 しかし肝心なところ、本の中身が頭に入っていくか?、という点で決して私だけでないと思うが、紙の本に比べると電子書籍のそれは劣っていると思う。多分これには、自分の本の読み方のスタイルが変わったせいもあろう。以前は買った本をしっかりと読むことにしていた。買ったからには、その元を取ろうという意識が強かったから。しかし、読む本が増えていくと、必ずしも良い本ばかりではなく、時間を掛けて読むことの方がコスト的に無駄であることに気づいた。斜め読みの比率が増えていった。

 それと、アマゾン・キンドルの読み放題プランも影響している。固定料金で無料なのだから、できるだけたくさんの本を読んでみようと思う。これで私は毎月20冊は読んでいると思う。しかし、読み放題となっている本は、プロの作家やプロの編集者の手によるものよりも、自費出版、自己編集の類の本が多い(私の感覚的なものだが)。質の面から言っても、じっくりと読むべきレベルのものは少なく、このことが斜め読みのスタイルに拍車を掛けてしまった。

 ビジネス本や自己啓発本でこのような斜め読みの癖がついてしまうと、小説を読む段になって、読み方を意識的に元に戻す必要がある。これは全てを順に読んでいかないと意味がない。ついでを言うと指でページを捲りながら、全体のボリューム感や進捗具合を感じながら読み進めたい。

 教科書が電子書籍になるなんて、私は反対だ。計算や記憶を偏重するこれまでの勉強のやり方は改めるべきだが、きっと新たな弊害が出て来るに違いない。まず、想像力の欠落が心配される。以上が2017年当初の電子書籍に対する私の所見。読書の質が落ちることを大きく懸念している。そもそも自分の場合、情報量が多過ぎることに起因しているようだ。

 ただね、こんな感じでいろいろとネガティブなことを書いたが、あるタイミングでは改めてその有り難みを感じることがあると予想している。病の床に伏し、身の自由も効かなくなったとき、家族に「あの本を買って来てくれ」と頼むことなく、病院に連日の宅配業者を招くことなく本を買って読むとなると最適なスタイルだと思う。読み終えた本が病室で邪魔になる心配もない。退屈で紙の本が届くまで待っていられない可能性もあるし、その日が体調の良い最後の日かもしれない。ついては、そのときのお見舞いはアマゾンギフトカードにて承りたいと思っている。

(秀)