「この話、書いたっけ?」。最近、秀コラムを書き始めるにあたって、まずこの言葉が頭をよぎる。しばらく休眠中であったせいも多分にある。書いている本人が思い出せないくらいだから、読み手も覚えていないだろうと思うと、後で恥ずかしい思いをすることになる。人それぞれ感受性のポイントが違うから、例え私が覚えていないことでも、その人にとっては印象深く、記憶に残っていたりする。

 ざっと、これまで書いたコラムのタイトルを舐めてみるが、中には狙いすぎて付けたタイトルがあって、実際に何を書いたか分からないことも多々ある。本来は中身が分かるタイトルの方が良いのだろうが、容易に想像できないから面白い場合もあるので、タイトルも作品の一部として、これは承知しておくしかない。その一方で、これまでの自分の原稿については、そろそろうまく整理しておく必要がありそうだ。

 同じ執筆者が書いた本で、「これって前にどっかで読んだぞ?!」ということにたまに出くわすことがある。出版社が異なると、編集者もそこまで気が付かないのか。そもそも書き手としては、もう弾がなくなったのか、最初から弾数が少ないのか?。何度か使い回す程のネタなのだから、それなりに重要なものだろうから、読み手も覚えているわけだ。

 実際にリリースした文章以外に、考えがまとまらずに、途中で書くのを止めた原稿なんてのも結構ある。書いたような記憶はあるが、実際にはリリースしていないものがあるわけだ。ちゃんとこれまでのコンテンツが検索できるように整理する必要があるのは、まずは自分のためみたいだ。

(秀)