1999年4月、会社でその日のルーティンワークも終わり、取り掛かってる大きな仕事もないため、手持ち無沙汰から原稿を確か3本、一気に書き上げた。秀コラム誕生の瞬間であった。最初はメールで数人に配信するだけ。当時私は32歳。それから18年超の時間が経ってしまい、家族が一人増えて、勤め先が変わった。

 「他に何か楽しいことが見つかったら、すぐにでもやめるかも」。最初からそう宣言していたが、これに変わる新たな楽しみは特に見つからず、しかし、文章を書くことは仕事の一部を構成する要素となって、その後も役に立っている。ただ、書き続けることの意義については何度も自問を繰り返し、しばらく書かなくなったり、中止を宣言したりもした。

 「例えこの秀コラムを書いてきた時間を戻せるとしても、秀コラムの原稿、それに関する記憶がなくなるとしたら、それは望まない」。1000話が達成した当時、スタートから四年経った頃の心境をそう宣言したが、今となってはかなりこの気持ちは揺らいでいる。まあ、時間を戻せるなんて条件がありえないわけで、考えるだけ無駄なこと。歴史学を学んだものとしては、甚だおかしな設問だった。

 さて、これから後はどうしよう、続けるのか?。実はまだ特に考えていない。取り上げてやめる必要もないので、思いついたタイミングで書いて配信等行うだろうし、ペースは不明ながら着実に一話一話を積み重ね続けていくんだろう。その一方で、この間書き溜めた分の整理もしないとなあ、とは思っている。改めて、昨年の自分の誕生日に、一旦止めていながら復活させたときの心情を思い起こしたりしている。

 あまり気負うことなく、ただ淡々と書くことが肝要な気がしている。18年超におよぶ、2000話達成ということは、自分の人生から見たら、それなりのアウトプットだった。まずは一つの区切りとして、一段落。みなさん、ありがとうございます。そして、良いお年を。

(秀)