第12話 ■愛人

 読者の中に誤解している人がいるといけないので、断っておくが、所詮このコラムは創作物である。社会的な出来事や時代考証の部分は真実を記すようにしているが、文中に登場する「私」あるいは「自分」が必ずしも筆者そのものというわけでない。一人称で話が語られたからといって、夏目漱石が坊っちゃんでない(これは実話)のと同じことである。分かったかな。という前置きが今回は必要だ。

 赤坂のとあるクラブでのこと、ちなみにこの場合のアクセントは先頭。大人がお酒を飲むところでのこと。その店は中国人ホステスばかりの店で、客との会話は日本語だが、途中、意味不明な中国語で「業務連絡」が飛び交う。一方、我々も飲み屋では身分を詐称することがしばしばある。アダルトビデオのディレクター、男優、そして私は、その脚本家という設定になる。「明日のロケはスバルビル(新宿西口)に10時集合だから、ヨロシク」なんて、こちらも業務連絡を装ってみる。

 そこのホステスの一人にその日、私がたいそう気に入られてしまった。まんざら悪い気分ではないが、どこか胡散臭い。名刺に携帯の番号を書いて渡してくれたが、どうせ電話しても、「また今度、お店に来てね。今度はいつ来てくれるの?」というのが世間一般での事例らしい。けど、「もし、もし」が中国語では「ウェイ、ウェイ」であることは調べていたりする(「ニイハオ」でも良いらしい)。そして彼女は私に聞いた。「恋人いる?」。日本語が流暢でないところが影響して、頭の中で「中国では恋人のことを『愛人』と書くんだよな」という、こんなときには、どうでも良い知識が覚醒した。愛人なんかいるはずもないので、彼女の質問にはもちろん「いない」と正直に答えた。