第1560話 ■くすぐり

 今日は久しぶりに落語をネタに話を書いてみることにする。落語は文字通り、「落とし噺」と言われるように、その多くは最後に落ち、サゲというものがある。噺家によって、このサゲが微妙に違ったりしているが、古典落語の場合はだいたい決まったサゲになることが多い。

 マクラから噺の本題に入って、早いタイミングでその演目のタイトルが分かると嬉しい。そして噺が佳境を過ぎ、予定通りのサゲを迎えると拍手とともに、ホッとする。その噺が面白いかどうかは、噺の筋が決まっていて、サゲで巧みに落ちがつくことで大まかに決まってしまう。サゲは笑うというよりも、「うーん」と、うなるものである。

 寄席に何度も通っていると、以前聞いた噺を何度も聞くことになる。だからサゲまでの展開も分かってしまっている。それでも落語が面白いのは、噺家によって演じ方が違うし、その違いを途中の細かな笑いで表現しようとするからだ。この本筋とは直接関係ない細かな笑いの部分を「くすぐり」という。場合によっては、細かな笑いではなく、サゲ以上の爆笑を得ることにもなる。

 落語の本当の面白さは噺のサゲではなく、このくすぐりにある。これがなければ、同じ噺を何度も聞く意味がない。そして、ただ教わったこと、覚えたことをくすぐりとしてやっていてもいけない。落語は一人芝居とは違うから。落語はまだまだ奥が深い。

(秀)