第349話 ■万能包丁

 「奥さん、ちょっと見てって。画期的な新発明」。足を止め、そちらに目を転じれば相手のペースである。扱っているものは「万能包丁」であったり、「万能おろし金」であったり。「画期的」とは、ものは言い様で、確かに便利であってもなくて困る様なものばかりだったりする。

 秋葉原といえば、言わずもがな電気街であり、このためどちらかと言えば、やはり男性の街と言える。そんな秋葉原の特異なものの1つに「アキハバラデパート」前の街頭実演販売がある。包丁を取り出し、材木を叩き切ったり、「今度はお刺身を切ってみましょう」と言って、スポンジを切り出す。「お刺身高いからスポンジなんだけど、この赤いのはトロだから」と、ご愛敬。硬いものだけでなく、柔らかいものも切れることをデモしてくれる。

 ここで買い求めるのは男性が多く、意外に女性は少ない(そもそも男性が多いのもあるが)。愛妻家のご主人は奥さんへの土産として数千円が彼の財布から飛んで行く。さぞや喜んでくれるだろうと帰宅して渡したところ、あまり喜んでくれない。しかし、それで怒ってはいけない。毎日使う道具だからと、ちきんと手入れされた包丁が一式揃っているのは良い奥さん。喜ばないもの当然。一方、台所から同じ万能包丁がもう1本出てきたら、お互いの衝動買いをとがめる前に、似たもの夫婦と、お互いを指さして笑うのが良いと思う。