第933話 ■値引き交渉

<前話からのつづき>

 値段交渉の駆け引きというのは、気分的に楽なことだ。とりあえず、私にとっては。交渉のポイントは値段のみ、多少枠を広げるとして、オマケの交渉ぐらいであるため、相手と長い付き合いになることを気にするようなことも一切捨てる。人は言ってることと考えていることに差があったり、同じ事象を見ても感じ方、伝え方に個人差が出てしまう。会社での人との付き合いで最近とみにそう思うようになってきた。長く付き合わなくてはならないので、この場合の交渉にはエネルギーを要する。

 それに対し、値段の交渉はピンポイントである。相手が腹で何を考えていようと、彼の口から出た言葉や見積書&注文書に書かれた内容が全てである。それに買い手と売り手では多くの場合、買い手の方が立場が強い。「じゃあ、買わない!」という一言が全てである。一方、売り手は「じゃあ、売らない!」とは、腹の中でそう思っていても、そうは言えない。「それは無理です。勘弁してください」と言って、妥協点を探って歩み寄るしか手がない。

 まず、N車の営業は少なくともV車と同じ条件でないと、話が始まらないと思い、そもそも車両価格が4万円高いながらも、勝手に値段をあわせて来た。続いて、「条件さえ合えば、今日決めていただけますか?」と聞く。そのつもりだ、と答える。「下取り査定が下がると困るから」、と本気であることを示す。「それでは、いくらだったら決めていただけますか?」と聞いてきた。

 しかし、ズバリの金額を答えるには時期尚早。「う~ん」と唸ってみせる。そこで話題は支払方法へとなった。右から左に現金で車が買える訳などない。会社で多少金利が優遇されている信販会社のオートローンで金を借りて、ディーラーには現金で払うつもりである旨、伝えた。一般的に自動車ディーラーの金利は高い。しかし、中には提携の信販会社と組んで金利の安いオートローンを提供しているケースもある。「うちでローンを組んでいただくと、もうちょっと値引きは可能です」と言う。金利の数字などはどうでも良く、支払い総額が低ければ私には問題ない。他の金融機関との金利分は値引くと言うことだ。

 私の目標額は、現在支払っているローンと同額であること。月々いくら、ボーナス月いくらという話をした。そのとき、「残ローンがもうちょっと残っていたなあ」と気になり出したが、支払いが終わるまで待つと、それ以上に下取りの査定は下がってしまう。残ローンのことは家人のヘソクリに任せるとして、同じ支払いで新しい車に乗れることを選ぶことにした。

 N車の営業は結構苦しんだが、最終的には35万円ほどの値引きで私の目標額に達し、妥結した。その場で注文書に判子を押す。しかも実印。「準備万端ですね」と言われ、「けど印鑑証明は持ってきていません」と返すと、「印鑑証明まで持って来ていたら、かえって妖しいです」と言う。オプションも見積上はタダになっている。それなのに、そのあとにもいろいろとオマケを付けてくれた。携帯電話まで。長女がこの電話を狙っている。

(秀)