第2049話 ■何になりたいか?、よりも

 「大きくなったら何になりたいか?」。小学校の百周年記念誌にそれぞれの思いを書いた。男子は圧倒的に「プロ野球選手」で、中には指定の球団名やホームラン王という具体的なものもある。そんな中、自分は「エジソンのような人になりたい」と書いていた。もちろん、その願いは叶っていないが、職業ではなく、ありたい姿を書いていることを今更ながら褒めてやりたい。このとき、小学3年生、昭和50年のこと。

 私の今の職業など、自分が子どもの頃には存在していなかった。「何になりたいか?」を聞く大人に悪気はないだろうけど、今の子どもたちが大きくなったときに既になくなっている職業もあるだろうし、逆に、予測もできない職業も誕生しているはず。そもそも限られた情報にしか接していないし、十分な思慮ができない段階での回答にあまり意味はない。小さい頃から夢を描き、実際にその夢を実現できたイチローのような人は、残念だけどそんなにはいない。

 寿命が延びたことに加え、雇用形態の多様化、労働市場の柔軟化から、単一の企業に勤めたり、一生涯同じ職業のままということの方がレアケースだと思う。子どもの時期を過ぎて、真剣に自分の進路を考えないといけなくなったときには、「何になりたいか?」よりも「自分はどうありたいか?」を考えることの方が重要な気がする。

 子どもや孫に「YouTuberになりたい」と言われたら、きっと困ってしまうだろう。一方で、子どもや孫に対し、「公務員になりなさい」と言いながら、納税や行政に対して不満をぶちまけている大人も困る。どの口が言うのか?。

(秀)