最近、忠臣蔵を題材にした小説を読んでいる。いささか季節外れであるが、最近この本を見つけたので、そんなことはお構いなし。読み始めるとなかなか面白い。そもそもは小説であるが、その中で忠臣蔵を検証していく形でストーリーが進む。もちろん、独自に小説自体の伏線もある。

 「忠臣蔵」というのはあくまでのフィクションのお話のタイトルの一つでしかない。学問的な呼び方としては「赤穂事件」と言わなければならない。そして、その大きな意味での「赤穂事件」は松の廊下での刃傷騒ぎと吉良邸への討ち入りとの二つの事件によって構成されている。ドラマや映画の忠臣蔵を見ることで、史実を知ったような気がしたり、「この忠臣蔵は史実に基づいている」などと考えたりもしてきたが、忠臣蔵はあくまでもフィクションで、いずれもフィクションの度合いが違っていたり、独自の解釈が含まれているに過ぎないことにこの本を読むことで改めて気がついた。

 忠臣蔵のクライマックスはやはり吉良邸への討ち入りである。彼らが討ち入りを行う建前は第一に主君の恨みをはらすこと、そして第二に不当な裁きを行った幕府に対して直接行動をもって抗議することとして忠臣蔵では描かれている。「喧嘩両成敗」の習わしに反する不当な裁きだと。ところが、資料から読み取る松の廊下の刃傷事件のあらましは、松の廊下で梶川与惣兵衛と話をしている吉良上野之介に対し、浅野内匠頭がいきなり背後から「この間の遺恨、覚えたか」と声を掛け、振り返ったところを額に一太刀、逃げようとした上野之介の背中にもう一太刀振り下ろしたことになっている(「梶川与惣兵衛筆記」より)。梶川与惣兵衛とはあのとき松の廊下で内匠頭を羽交い締めにした人である。

 これでは喧嘩ではなく、一方的な傷害事件、いや殺意があったので、殺人未遂事件である。忠臣蔵に出てくるような、向き合って「鮒侍」、「田舎大名」と辱めを受けたためのとっさの行動ではなく、かなり計画的な犯行だったのかもしれない。上野之介は場所柄をわきまえ、神妙に抜刀しなかったのではなく、あまりにもとっさのことで逃げまどうしかなかっただけだろう。理由の如何に関わらず、殿中での抜刀は死罪である。よって、幕府が下した判断は至極当たり前で、喧嘩でもなく、一方的に被害を受けた吉良が罰せられる理由はどこにもない。

 忠臣蔵において梶川与惣兵衛はキーパーソンかもしれない。彼が内匠頭が言う「武士の情けだ、お放し下され」という言葉に心がなびいていたら、吉良は松の廊下で命を落としていたことだろう。そうなると赤穂事件はここでおしまい。討ち入りが行われることはなかった。あのとき梶川与惣兵衛がとった行動は幕臣としては当然のことである。変に情けを掛けてしまうと今度は自分にその責任が回ってくる。忠義の家臣といった義士達の武士道精神である忠臣蔵は実は武士の情けがなかったことがトリガーになっていた。結構皮肉なことだ。

(秀)