読者諸氏も小さい頃から「サラリーマンになりたい」と願って、今に至っているわけではないだろう。第一、子供にはサラリーマン、特にホワイトカラーが会社でどんな仕事をしているか知る由もないため、なかなかそのような希望を抱く事はない。これはきっとNHK教育の「はたらくおじさん」で圧倒的多数でありながら、ホワイトカラーサラリーマンの仕事ぶりが紹介されなかったことが原因だと思う。一方で、ドラマに出てくるサラリーマンというのは上司にペコペコ、酒の勢いで愚痴をこぼし、家に帰っては家族に疎まれている。こんな状況では父親への尊敬など程遠い。

 憲法第22条でいくら「職業選択の自由」が保障されていようと、そんなものが欺瞞でしかない事に我々は既に気付いている。実際には門閥による差別は歴然と残っている。歌舞伎役者は、はやり梨園に生まれない事には無理である。しかも男性でないといけない。それが伝統いう壁で守られ、尊重されているのは、この憲法の精神に反しないのか。もちろん、世の中にどれほどの人が歌舞伎役者になりたがっているかは別で、こんなことは大勢に影響ないだろうが。

 それでは子供の頃は何になりたかったのだろうか?。男の子は警察官やパイロット、電車の運転手。それにスポーツ選手(その当時はほとんどが野球)というのが多かった。女の子ではお店屋さんが多く、その他では看護婦。そして、お嫁さんという答えもあった。こんなことを言っているのはいつ頃までであろうか?。自分の記憶をたどると、小3の時点で「エジソンのような人になりたい」と学校の文集に書いたことを覚えている。もしその通りになっていたら、今頃は2003年に向けて鉄腕アトムを作っている最中だったかもしれない。多くの友達が「野球選手になりたい」と書くのに比べれば、中途半端な現実感がある夢だったが、現実はそうなっていない。

 塾帰りの子供達と会社帰りに会ったりする。「よくもまあ、こんな時間まで元気だな」と思いながら、この子は将来何になりたいのかが気になったりする。ピアノやスイミングに通わせて、音楽家やオリンピック選手にしようという親は少ないだろう。しかし、学習塾となると具体的な真剣味が出て来る。受験に受かる事であり、良い会社に入る(入れる)ためである。しかし、その挙句が一介のサラリーマンというのは、ちょっと悲しい。