第1042話 ■ヒロシマの日

 広島には一度だけ行ったことがある。4年位前だったか?。ちょうどコラムを書き出した頃だったと思う。出張先の支店を後にし、空港までのバスに乗るため路面電車で街を移動し、ちょっと時間があったので原爆ドームへと足を伸ばしてみた。広島市民球場は道路をはさんで向かい側にある。

 実際にその場所を訪れてみると、いろいろな思いが湧く。原爆ドームという好まざる名前を付けられたその建物は思っていたよりもはるかに小さいものだった。テレビニュースで伝えられる平和祈念式典が行われる公園は原爆ドームと同じ敷地内だと勝手に思い込んでいたが、それは川を挟んで向こう側のようだ。あいにくそこまで足を運ぶ時間的余裕はなかった。

 今日は58回目の広島原爆の日であったが、朝の一連のニュースワイドショーでこの話題を報じている番組には出会わなかった(見落としの可能性も否定できないが)。そんなことでいいのだろうか?。この話題が始まった途端に天気や占い、それに芸能、とチャンネルが切り替えられてしまうことを危惧しての構成か?。

 かつてアメリカと戦争をしたことを知らない子ども達がいると聞く。今日が何の日か知らない子ども達も結構いるだろう。私が小学生のときは夏休みの宿題である「夏の友」には必ず、戦争、平和、原爆、広島・長崎をキーワードとした話が読みものとして載っていた。休み中の全校登校日には校長先生が戦争の話をしてくれた。ところが今は小学校はそんな感じではないようだ。ましてや家の中でそんな話をしてくれる年寄もいない。

 「はだしのゲン」を読もう。映画でも良い。全てのイデオロギーを越え、特に子どもに対して原爆や戦争のことを教えることが重要だと思う。もし教える側にも情報が不足しているとしたら、それは風化が具体的に進んでいる証拠に他ならない。このままでは衰退してしまう。そんなことを思った一日だった。

 この続きはナガサキの日に。

(秀)