第923話 ■貧乏ゆすり

 私は貧乏ゆすりという奴が苦手だ。いや、この際だからはっきり言ってしまおう。私は貧乏ゆすりが嫌いだ。いかにも痩せ細って薄幸そうな男が、まるで何かに怯える小動物のように、膝をガタガタと小刻みに揺すっているようなイメージがある。もちろん、そうとばかりは限らないのだろうが、裕福そうな、しかも福耳の男が膝を小刻みにガタガタとやっている姿は想像しづらい。

 例えば、電車の座席で貧乏ゆすりしている人がいると、揺れている膝頭を押さえ込んで、「じっとしてろ!」と言ってやりたい衝動に駆られる。もちろんできない。振動が嫌だ、音が嫌だ、そして見ていても。人間の5感のうち、3つに対して私は嫌悪感を感じている。

 高校のときの同級生に貧乏ゆすりをする奴がいた。はっきり言って彼とは仲が悪かった。彼のせいで貧乏ゆすりが嫌いになったのか、貧乏ゆすりのせいで彼を嫌いになったのか、もはや定かではないが、まあ、その両方だったかもしれない。普通に授業中も不快であるが、テストの時などは特に面倒だった。魔のリズムによって翻弄されてしまう。それでいて、私よりは良い点を取っている。これまた私にとっては不快のタネだったかもしれない。

 ふと貧乏ゆすりをしている人を見ると、今でも彼のことを思い出すが、彼が第三者を見て、何らかの共通点から私のことを思い出すことなど、きっとないだろう。この点でも悔しい。そして何が悔しいかって、貧乏ゆすりする彼が貧乏どころか金持ちであったことだ。ひょっとしたら家業を継いで今頃は社長におさまっているやも知れない。社長の椅子での貧乏ゆすりだけは止めとけ。

(秀)